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【 わいわい掲示板ログ 2002年後半 】


ある郡民 住民投票を求めるのなら
(投稿日) 2002年11月19日21時13分
 十倉町長ごとうせんおめでとうございます。しかし、彼らはなんで氷上町長選に候補者を立てない? 議会で既に条例が否決されたからか? もうわかりましたよ。あの人らの願いは合併を遅らせたりじゃますることでだけで存在を誇示する。心底から反対はしてないということではないですか。

ある郡民 氷上町議会住民投票条例案否決
(投稿日) 2002年11月11日21時05分
 5人も賛成した議員がいたそうです。そんな人は辞職してほしい。自分(住民の代表として)で決断できないから住民に任せたいと言うことですね。議会制民主主義は守られた。かつ合併に進んでいるのも分かった。がんばれ! 議会人! 自分の決断に自信と責任を持て。住民投票云々と言いますが、署名を集めている人らは・・・ですね。単に合併反対なのと、長引かせたいだけ。どのアンケート見ても反対が賛成上回ったことなんかなかですよ。悪あがきにも見えるし往生際わるい。
 合併せずに、地方交付税の代替案なしに、県から国から町から自立? できるわけない。合併するも地獄、しないも地獄、ただ少しましと言うくらい。今求められるのは、自分たちで考える力。本当に創意工夫でこの郡をまもっていかなきゃ。
 これ以上、都市に依存したらあかん。わしら自立せんと。
のりさん 充分な議論を
(投稿日) 2002年11月17日22時54分
住民投票については、様々な意見があって、自分に関係することは自分の意思を反映したいという気持ちは理解できます。しかし、議会制民主主義で議員を選び、その議会が今回の法定合併協議会の設置を可決して、2年間、19回もの議論を重ねた上での「是」の結論、そして数十にわたる協定項目の審議については、その結果を重く受けとめるべきでしょう。自分達の意見はどこで聞いてもらえるのかという反論もありますが、その意思と多少の時間さえ作ってもらえれば、いくらでもその機会はあると思うのですがどうでしょう。

ある郡民 住民投票運動をしている人=
(投稿日) 2002年11月17日23時18分
合併反対している人≒???だからいけないんでしょうね。政党色さえなければですね。議会が合併の是非判断を協議会に付託してその答えが「36対0」なんですもの。反対するのなら、現実的に彼らの主張と正反対の「小さな政府づくり」を主張すべきですよ。今の金の使い方なら合併しようがしまいが破綻です。ただ合併するなら10年ほど猶予があるだけ。


ある郡民 氷上郡の情報通信環境
(投稿日) 2002年11月13日22時17分
中途半端なADSL要求するより、Bフレッツもってこい言うほうが現実的ではないですか。ADSLも前途暗いですよね。最終地点はやはり光ですよ。
のりさん 同感です
(投稿日) 2002年11月17日23時07分
去年からデジタルディバイド(ITの地域間格差)を最小限に無くす努力をすべきだと、本会議や決算委員会など機会あるごとに発言してきましたが、現実は厳しいですね。NTTという民間ですから、行政が関わりあうにも限界があります。しかし粘り強く運動していきます。応援してくださいね。


ある郡民 合併反対派は! 地方交付税の代替財源を提示せよ!
(投稿日) 2002年10月28日20時58分
と思いません?
 単に町名がなくなるとか、周辺部があかんなるとか感情面だけでなく、一番の問題。財源について、「国が面倒を見るべきだ!」理想論ばかり幼稚なことを言わず建設的に述べていただきたい。なぜ、合併「非」は声高に叫べて、「是」を叫ぶものは小さくなっているのか?
住民→町→県→国 今こそこの甘えの連鎖を断ち切るとき。

住民投票?
篠山・青垣の国鉄問題を見よ!
当時の住民が反対したばっかりに・・・、あかんやろぅ。
 いつもある一定世代の住民が「正しい判断」をすると言うわけでない。子孫にうらまれたとき投票をした世代はこの世にいない。聞こえはいいが、間接民主制の否定です。日本は代議制なのです。一度公民の教科書を読み直すべきです。
 もし、「高校問題」を住民投票で決めれば・・・・・ 今住民投票問題を進めている人の思想と反対の結果になるでしょうな。これ以上は話しますまい。
 議会人で住民投票に賛成する人は、「自分で判断できないから住民で判断してほしい」と、自らの仕事を放棄することです。賛成するのなら辞職しなくてはならない。

 ※過激な発言 スマソ そぐわなかったら削除してください。

管理人 のりさん日記独立
(投稿日) 2002年10月07日15時28分   HP
今年4月から始まり、大変ご好評いただいております「のりさん日記」がこの度独立いたしました。今までのように書き込みがあるたびに順序が入れ替わることがなくなり使いやすくなったと思います。
またのりさんの書き込みに対し感想を書き込んでいただくと、書き込みがあったことを自動メールでのりさんに知らせしますので、過去の書き込みに対して感想をお書きいただいても見落とされることはありません。必ずのりさんから返事があると思います。

今回の、「のりさん日記」独立にあわせて、「わいわい掲示板」と「のりさんWEB会議」を統合いたします。のりさんに対するご質問、ご意見などありましたらご自由にお書きください。なお「のりさんWEB会議」は書き込みはできなくなりますが過去の書き込みは閲覧できるようにしておきますのでご利用ください。

「のりさんネット」に対するご意見ご要望がありましたらinfo@nori3.netまでお知らせください。それではこれからも「のりさんネット」をよろしくお願いいたします。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日23時45分
9月30日(中兵庫信金三宮支店)

この度、氷上町成松に本店がある中兵庫信用金庫が三宮に支店を開業することに
なり、開設準備室長の長久さんが県庁に挨拶にみえた。
私の会社も親父の時代からメインバンクとして取引をいただいており、丹波を中
心に業務活動をしている金融機関がその営業範囲を拡大することに敬意を表して
いる。
1980年代のバブル絶頂期には各金融機関は先を争うようにマネーゲームに走
り、当時は金融投資をしない金融機関や企業は無能だと言わんばかりの狂乱ぶり
だった。そういう私も「絶対値上がりするから・・・」と勧められ、ある金融機
関(中兵庫信金ではないが)でローンを組んでゴルフ会員権を購入したことがあ
る。一時は確かに少し上がったようだったが、そのうち急降下、現在は約半分く
らいまで価値を下げ、そのままホッタラカシの状態だ。
その頃の中兵庫信金は幸か不幸かそういったマネーゲームには手を出さず、本来
の金融業務を中心に経営業務を行っていて、10数年経た今はその手堅い手腕が
高く評価され、全国の信金の中でも経営内容は上位にランクされている。

小泉改造内閣において、柳沢伯夫金融担当大臣が更迭され、竹中平蔵経済財政担
当大臣が金融担当も兼務するという異例の人事となった。いよいよ小泉総理も不
良債権処理に本腰を入れる決断をしたのかと予想する経済通が多い。となると嵐
はこれからだ。これからかなりの金融機関、不良債権と判断される企業が土俵か
ら消えることになる。丹波地域においても例外ではないし、いろんな余波が押し
寄せてくる。地域に密着した金融機関として確かな実績を築いてきた中兵庫信金
の果たす役割は相当大きいものがある。地域の事情をよく把握している機関だけ
に地域経済に対しての応援体制に期待したい。            O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日18時00分


9月29日(自分のあるべき姿)

「自分のあるべき姿」とはどんな姿なのか。常に休まずその命題に挑戦していく
ことがもっとも大切だ。
今日、神戸のポートピアホールで開催された「実践倫理宏正会」の秋季大会に参
加して、上廣栄治会長先生の講話で聞いた内容だ。
実践倫理とは、人が共に仲良く楽しく暮らしていくための筋道であり、目に見え
なくても、社会生活をまっとうする上に確かに存在するルールである倫理を実際
に行動の中に示すことによって、生き生きと生活し、幸福に至ることを目的とし
ており、日々の生活のみならず、政治、経済、あらゆる主義、思想などの基盤で
あって、正しい道だと説いている。具体的には早起きして善行に務め、その行動
によって子供を正しい道に導くことだと教えている。
3年前から春日町内の方からお誘いを受け、元旦とか、節目の大きな大会に参加
させてもらっている。代表者である上廣栄治会長先生の講話には感銘を受けるこ
とが多く、今回も納得できる内容で非常に充実した時間を過ごした。
馬齢を重ねるという言葉があるが、獣ならいざ知らず人間である以上成長した自
分を目指して日々努力することこそが幸せへの道であるが、自分が成長してその
「あるべき自分」に近づくほど更に以前より成長した「あるべき自分の姿」が現
れ、結局私達人間は永遠にその成長し続ける「自分のあるべき姿」なるものに近
づく努力をし続ける、これこそが大切なのだと教えている。やっと「自分のある
べき姿」に到達したと思った瞬間に進歩は止まり、謙虚はなくなり、真の幸せは
消える。イスラム教で言う「愚か者の滑り落ちる所」だ。「自分のあるべき姿」
をしっかり確認しながら、日々の努力を怠らぬように、心優しく生きましょう。
全く同感であります。                     O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時59分
9月28日(西垣健太郎君)

本日午後より氷上郡合併についてのフォーラムが丹波の森公苑で開催され、数百
人の聴衆が集まって盛況だった。神戸新聞論説委員長の上羽慶一さんの基調講演
の後、山南、氷上両町長、丹波県民局企画調整部長の青木さん、篠山市の瀬戸市
長、そして若者代表で「ひかみ活性化プロジェクト」代表の西垣健太郎君が参加
してパネルディスカッションが行われた。
西垣君が代表を務める「ひかみ活性化プロジェクト」の皆さんとは2年前に氷上
郡の将来について懇談した仲で、兎に角氷上郡の若者がおもしろいと感じてくれ
る事業を自分達の手作りでやろうと、様々なイベントを企画運営している。私も
彼らのパワーに刺激されて、出来る限りの応援をしているが、最近では丹波県民
局とタイアップして、「たんばブランド」を定着させるNPO「たんばぐみ」の
取り組みにも参画していて、実に頼もしい。

今日のパネルディスカッションにおいても若者らしい意見を力強く述べていた。
氷上郡の財政状況を家計に見立てて、少ない給料の中で生活している西垣家が贅
沢三昧しようとすると借金しなければならない、今の我々は借金で良い暮らしが
できるが、次の世代の孫達がその借金を返済することを考えれば、今の私達がそ
う簡単に勝手な要求ばかりしてよいものかどうか、健全な家計で次の世代に引き
継ぐようにするのが正しいのではないかという意見。
また、携帯電話やパソコンのように5年前には考えも及ばなかった道具が次々に
身の周りに溢れて、便利になっていく反面、それを使いこなせない世代は取り残
されている。20歳台の若者はそんな使い方などの情報を使えないお年よりに教
え、また昔からの情報、おばあちゃんの知恵袋のようなお年寄りならではの知識
を若い世代に伝える、そんな仕組み作りができたら良いという意見。
どれもがなるほど、もっともだと感じさせる内容だっただけに、私だけでなく多
くの参加者がうなずいて聞いていた。最後に西垣君は若い人たちがもっと発言で
きる場を作ってほしいという例としてこんな話をした。
音楽バンドのグループが練習する場所を捜しているが、借り上げ料金や終了時間
の問題があって良い場所が見つからない。仕方なく野外で電源を確保して練習し
ていたら近所から「うるさい」という通報を受け、警察が注意しに来る。確かに
騒音で近所に迷惑をかけていることは良くないが、それじゃあどこか適当な場所
を提供してほしいという若者の意見は一体どこに言っていけばいいのか、今の状
態ではこのような意見を言える窓口が見当たらない。こんな要旨だった。
最後まで考えさせられた。                      O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時59分

9月27日(利益を増加させる為に)

本日夜から開催された「山南町青年経営者研究会」の9月例会に講師として呼ん
でいただき、県が進めている経営支援対策や氷上郡合併問題など広範囲にわたっ
ての意見交換をさせていただいた。
山南町内の若手経営者の集まりだけに皆さんの熱気はすごいものがあり、20数
名の参加者からは次々と質問や前向きな意見が飛び出した。山南町は氷上郡6町
の中でも最も特色ある地場産業が活発に育っている地域だと思っている。大きな
全国シェアを誇る薬草生産や釣具関連、紙の原料となるパルプ生産、国内で後継
者が少なくなった桧皮葺、ドライフラワー、若松などどれもユニークで今後も成
長が期待できる分野ばかりだ。しかし当の経営者達は苦労している事が先に立っ
て、いくら外部から良い産業だと言われても辛いばかりだとボヤく。もう少し利
益が増えてくれば、そのボヤきも少なくなっていくのではないかと少々生意気な
提案をさせていただいた。
利益を増加させる策その1、自分達が気づいていない魅力を再認識すること。薬
草は手間が掛かってだめとか、釣具は下降気味とか、常に携わっているから本来
その業種が持っている良さを忘れてしまっている。一度外からの意見を取り入れ
て違った角度からの魅力作りに挑戦したらどうか。インターネットを使えば安く
簡単に多くの意見を集められる。新製品なんかもこの手で生まれる可能性は大き
い。
利益を増加させる策その2、できるだけ素材で売ることを少なくして、加工品、
できれば自社ブランドでの完成品で売ることを目指すこと。そうすれば原料で売
るより自分で値段を設定できる強みが生まれる。しかし商品開発力や販売力、営
業力が必要になってくる。そういった苦労を若さやアイデアでカバーしながら伸
びていった会社が今日の繁栄を享受していることを見れば、若い経営者なら絶対
挑戦してみるべきだと思う。
利益を増加させる策その3、常に新しい情報を掴んでおくこと。情報はただ(無
料)では入ってこない。良い講師や偉い先生からの話を聴いて仕入れる情報、本
屋へ駆け込んでそれなりの書籍から仕入れる情報、今ならインターネットの前に
噛り付いて終日キーボードを叩き続けて得る情報。いろいろ方法はあるだろうが、
中小企業の経営者はそんなに時間的にも経済的にもゆとりが無い。最も手っ取り
早くて新鮮な情報を安価で手に入れる方法、それは新聞を毎日読むこと。それも
経営者なら日本経済新聞を是非お勧めする。経済情報なら一番充実しているし、
社会面の記事も一番客観的だと思う。但し毎日読み続けなければ効果は出ない。
毎日読むことによって、大きな流れがだんだん見えてくるし、その流れが自分の
会社を誤りなき方向に導いてくれる。

兎に角元気を出さなければ折角の運も逃げてしまう。大いに挑戦してもらうよう
にお願いして、講演を終わった。                O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時58分

9月26日(飛騨高山の魅力)

高山市内はNHK朝の連続テレビ小説「さくら」の舞台になっただけあって、あ
ちこちに「さくら」のポスターが貼ってある。宿泊したホテルから全国和牛能力
共進会々場に向かう途中で、さくらが中学校を退職した時に生徒達と校門前で涙
の別れをした、そのロケ地の学校の近くを通り、(実際は高校なのだが)一同バ
スの車中より興味深く見学した。
感心したのは、高山市内の古い町並みをうまく観光資源に使っていることだった。
商店街から入り込んだ自動車一台しか通れない路地の両側に並ぶ古い商家群をそ
のまま残した300mほどの観光スポットはこぎれいに整備されていて、土産物
店や装飾店、地酒の店など若者をターゲットにしたショップに改造して人気を集
めていた。一本隣の路地を覗くと何の変哲も無い町並みがあるだけで、小京都と
呼ばれる高山でも、町全体が観光地になっているわけではないが、目玉になって
いる路地を中心にすっきりした町の雰囲気は誰にも好印象を与える。きっと市内
全体がもてなしの心で動いている証拠かもしれない。
余談だが、栗原一県議(揖保郡)から教えてもらった高山名物「甚五郎ラーメン」
の持ち帰りを買って帰ったが、なかなかの美味だった。        O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時57分

9月25日(全国和牛共進会)

今日から本年2回目の本会議が開会され、10月8日まで当局が提案された様々
な議案に対しての論戦が始まった。閉会まで暫く神戸泊の日程が続くことになる。
本格的な論戦は来週からになるが、その間を利用して、岐阜県高山市で開催され
る「第8回全国和牛能力共進会」に出席する為、午後よりバスで飛騨高山に向かっ
た。
今回は県会議員で組織している「兵庫県和牛振興議員連盟」の内、佐々木憲二会
長(養父郡)、北浦義久事務局長(津名郡)、日村豊彦議員(出石郡、城崎郡日
高町)、永田秀一議員(三原郡)、そして私の5名が参加し、当局からは、農林
水産部の杉本局長、畜産課の倉橋課長、岡田技術員の3名、和牛振興協議会から
は全農兵庫県本部長の田中豊さんを始め、たじま農協、三原畜産農協、そして丹
波ひかみ農協の担当者、兵庫畜産会のメンバーなど総勢35名の激励団となった。
特に柏原町出身の田中豊本部長、丹波ひかみ農協の安田常務、岸田畜産課長には
大変お世話になり、兵庫県産和牛が抱えている問題点について詳しい説明を受け
た。
兵庫県からの出品者は全部で18名。雄雌や成育期間などで第1区から第10区
まで細かく分類されていて、氷上郡からは山南町の寺内隆さんが第1区(若雄1
5〜19ヶ月)で、市島町の高見進さんが第8区(総合評価群、肉牛)で出場さ
れる。是非好成績で入賞されるように祈りながら、5時間のバス旅行となった。
                                  △


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時57分


9月24日(猿とホームページ)

ホームページを立ち上げてから2年近くになるが、最初の頃に比べて覗きに来て
いただく方が多くなり、うれしく思っている。議員の皆さんからもよく工夫して
いるとお褒めの言葉を聞くといろいろ改良してきた甲斐があったとその苦労も報
われる。特に、4月から始めた「のりさん日記」は来場者確保の大きな要素になっ
ているだろう。

動物園に遊びに行った人たちは一体どんな動物に興味を持つのか?珍獣であるパ
ンダや象、サイ、キリン、いろいろ人気の動物がいるだろうが、最も人気があっ
て、動物園に行った人が必ず見る動物、それは「猿」だそうだ。猿は人間と同じ
ような動きをして複雑で面白い。しかし珍しい動物はあまり動かないので、一度
見ればもう飽きてしまう。チラッとは見るが、長時間オリの前でその珍獣を眺め
ているという人はまず少数だろう。それにひきかえ、猿の前には常に多くの人だ
かりが出来、様々な動きに歓声すら上がる時がある。

ホームページの人気度は結局この猿のようなものではないだろうか。いくらすば
らしいホームページを作っても、変化が楽しめるものでなくては繰り返して見て
もらえない。情報伝達の原則として肝に銘じておきたい。       O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時56分

9月23日(規制緩和と経済再生)

日本の経済構造は3つの種類が交じり合っている。1つは官営経済。これは国や
地方自治体が行っている部分だ。2つ目は統制経済。これは民間でありながら規
制や法律でかなりの部分を縛られている産業。そして3つ目が純粋に競争社会の
中で頑張っている市場経済。
統計によると市場経済は非常に足腰が強く、アメリカの同じ業種と比較して、約
20%も生産性が高いという。その典型的な業種が自動車産業だ。それと最近よ
く例に上げられるのが日本のアニメ産業。東南アジアを始め欧米各国に日本のア
ニメ映画を配信して、かなりの評価を受けている。
それに対して問題なのが統制経済で、例えば運輸や通信業の労働生産性はアメリ
カのなんと40%に過ぎないという。確かに公共性が強い業種においては、ある
程度の指導や許可など必要な部分があるだろうが、それが逆に競争意識を妨げて
いて、業界の発展を阻害している。
そして官営経済は、発注元が絶対に安全という魅力でかなりの取引希望社が集ま
り、発注元は公的資金でもって事業を行おうとする関係で発注先を単純なローコ
ストだけの選別では決定できず、機会の均等という大儀名分のもとに複雑な入札
制度を導入し、それがまた不正受注を生み出す温床になっている部分もある。

規制緩和はこのような日本経済の弱い部分を強い部分に生まれ変わらせる事を目
的にしているのだが、既存の業種に関係する人たちにとって変化は厳しさを意味
する。自らをあえて厳しい状態に追い込む人は少数だろうし、何とか避けたいと
抵抗する気持ちは解らないわけでもない。しかし沈みかけているタイタニック号
の中で、特等船室も2等船室も溺れることには違いがないように、業界全体が衰
退している中でのつかの間の栄華は、傍から見ると滑稽にすら映る。   O




のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時55分

9月22日(二者択一)

本日我が春日町は全小学校区で健民運動会が開催され、町長と共に5会場を順番
に激励の挨拶に回る予定にしていたところ、本年度県議会副議長に就任された釜
谷研三議員(加古川市選出)の就任祝賀会が加古川市内で催され、春日町に未練
を残しながらもおめでたい席に参加させていただいた。

以前大切な行事が重なった場合、どのような価値基準で選択するかで友達と議論
した事があった。私の主張は、再びその行事に関わりあえるかどうか、確率の少
ない行事を優先すべきだという論理だった。例えば結婚式や葬式などの冠婚葬祭、
次に関係の深さが一緒ならば遠方や高齢といった基準だ。しかしそうなると家族、
特に夫婦間のプライベートな行事などはことごとく後回しとなり、現にこれまで
はその価値基準で友人との付き合いを優先させてかなりひんしゅくを買った。
「それほど家族の団欒よりも友達との付き合いの方が大切なのか?」と家内から
詰め寄られ、「家族はいつでも接触があるが、友人との接触は家族のそれよりも
確率が低い分だけ貴重だ。」と理屈をこねて冷たい視線を浴びたことも幾たびか。
さすが、最近は仕事も変わり、夫婦で行動する時間も増えて以前のような激論
(?)を戦わすことも無くなったが、今でも心の中ではそんな価値基準で動いて
いるところがある。

議論した友達は一応納得はしたが、一言感想を述べた。「選ばれた方はそれでい
いが、選ばれなかった方は面白くない。しかし体は一つだから、両方満足しても
らうわけにはいかない。従って関わり合えなかった方の不満を少しでも和らげる
方法として、関わりあった方との時間を最大限有効に使う、残念に思う気持ち以
上に納得できる時間を過ごす、これしか良い方法な無い。」こんな内容だった。
今でも印象深く記憶している。                 O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年10月06日17時55分

9月21日(トライやるウィークの生みの親)

先日の柏原ロータリークラブの例会に、今年9月から氷上郡教育委員会教育長に
就任された辻 重五郎先生をゲストにお招きし、「トライやるウィーク」誕生に
ついての講話を伺った。
平成7年の阪神淡路大震災、須磨の中学生による傷ましい殺人事件などを踏まえ
て中学生の「生きる力」を教育現場でどう引き出していくのかを模索する中で生
まれた「トライやるウィーク」。辻先生が当時県教育委員会の義務教育課長だっ
た時の発案という事で、話される内容にロータリー会員一同強い関心を持って拝
聴した。
中学2年生が一週間、学校ではなく、一般の企業や商店、福祉施設などに通い、
社会の一員として大人と共に働くことによって、自らが問題意識を持ち、自らが
行動し、自らが答えを求めていく。その先に本来人間として持たなければならな
い「生きる力」が養われていく。辻先生の説明には強烈な説得力がある。
初めての事業には必ず反対が付きまとう。ましてや中学生を1週間学校へ行かせ
ず、社会活動をさせるなんて誰が考えてもマイナス要素が多すぎるように感じる。
お聞きすると、学力低下や事故が起きた時の責任問題など相当厳しい反対意見が
大勢を占めたようだ。現にこの氷上郡でもその当時、トライやるウィークに反対
しようと呼びかけるチラシが新聞折込で全戸配布されたのを私も覚えている。そ
うした困難を理解ある幹部の後押しもあって全国初の事業として兵庫県から始め
られ、今や全国40にも及ぶ都道府県、そして海外でも導入される動きにまで広
がっている。そうした痛快ともいえる誕生秘話に改めて感銘を受けた講話だった。
                           O


ある郡民 先生って呼ばれるのどうですか?
(投稿日) 2002年10月01日22時52分
 青森市議会で、市議のことを「先生」って呼ぶなと言うお達しがでて、結局定着しなかったそうです。「先生」って呼ぶとき、なんとなく本当に尊敬して言ってる人ってどの程度いるのかなと言う気がしなくもありません。のりさんはどう思います? やっぱりどっか恥ずかしいか、慣れちゃいました?

 追伸:それにしても社民党の拉致家族への対応はひどすぎますね。安倍官房副長官の誠意ある対応が本当にすばらしいと思います。
のりさん 抵抗ありますね
(投稿日) 2002年10月03日11時52分
ある郡民さんの言われるように「先生」は抵抗ありますね。兵庫県議会では、本会議や委員会などの公式な会議においては「・・議員」という呼び方で統一されています。でも普段は県庁職員や市町行政の皆さんなどほとんどの方が「先生」呼びされますね。
私が議員になった当初、ある県の幹部職員に「私のような議員経験の無い新人に先生と呼ぶのは不適当ではないですか?」と言ったことがあります。
幹部職員曰く、「ベテランの議員であろうと新人の若い議員であろうと、多くの有権者の信任を得て(選挙で当選して)地域の代表として議会に出てこられる以上それだけで大いなる尊敬に値します。先生と呼ぶのもその意志の現れです。」と説明されました。呼び方は兎も角として、議員をおろそかにするということは、選出されたその地域をおろそかにするのと同じ事でしょう。それだけ議員には該当地域に対する大きな責任があるということの表現も込められているのではないでしょうか。
私の場合は「石川議員」ないしは「のりさん」のほうでお願いします。

北朝鮮の拉致問題で連日新たな情報が流れていますが、ニュースを聞く度に憤りを感じます。でも外交チャンネルが切れてしまえばこれまたややこしくなりますので、高度な政治的判断で真実がご家族に伝わるよう私たちも支援していきます。


岸田昌樹 氷上郡畜産共進会、全国和牛能力共進会のお礼外
(投稿日) 2002年09月28日07時23分
 石川先生こんにちは、初めて先生のホームページを開かせていただきました。一番最初に拝見させていただいたのがゴルフです。下手ですが只今熱中しています
 さて、さる19日に開催いたしました氷上郡畜産共進会には、たいへんお忙しい中駆けつけていただき大変ありがとうございました。
 また、25日〜26日にかけて全国和牛能力共進会にご出席を賜りありがとうございました。
 私も全国和牛能力共進会に参加するのは初めてで、全国の牛を拝見できるのを楽しみしていました。
 BSE発生以後石川先生にはたいへんお世話になりありがとうございました。  国、県の対応がいち早く進められ、全頭検査による消費者への不信感の払拭により肉牛、子牛の価格は過去にあまり例を見ない価格にまで跳ね上がり、牛肉の偽装事件もありましたが、今一番大事なことは消費者に顔の見える生産とが大事であると思います。
 一方では、高値に引かれて優秀な子牛までが県外に流失することが懸念され氷上郡においても優秀な子牛は自家保留に努めてほしいと啓蒙をいたしております。
 今回の全共の審査結果はどうあれ、今後も兵庫県は質で勝負することが大事であり、兵庫の牛を大きくすると中身(質)が悪くなると言われています。
 我が氷上郡におきましても、県の指導を仰ぎ育種価を活用し、またエムサスを利用した改良を行っており、その効果が少しづつ出てきており今後が楽しみです。
 仕事はこの辺にして、ゴルフの話を聞いてください、やりはじめてからもう10年になろうとしていますが、100がなかなか切れません。もう少し上手になろうと最近では月に3回から4回ラウンドしています、しかし中でもアプローチが大変下手で友人から下手の代名詞と言われたり、備中堀りとも言われます。
 ロングで第3打目グリーンのそばまで来ているのに、そこからチョロ、またチョロ友人は言います、なにしとん、こんなやさしいアプローチ、上がったら3パットのダボ(アプローチはいつもボールの手前を掘っています)
10ヤード〜50ヤードが一番難しいです。ゴルフが終わった後肩がコリコリです
 何か良い方法があったら教えてください。明日29日友人とラウンドに行きますが大変不安です。
 いろいろ勝手なことを書きましたが、公私ともに今後ともよろしくお願い申し上げます。
                                 岸田昌樹
のりさん こちらこそお世話になりました
(投稿日) 2002年09月29日23時42分
岸田昌樹様
早速HPに書き込みしていただき、有り難うございました。
また、9月25〜26日の全国和牛能力共進会では大変お世話になり、重ねてお礼申し上げます。2年前、農林水産常任委員会の副委員長をさせていただいたとき、岡山県で乳牛の全国共進会が開催され、その規模の大きさと出品牛のすばらしさに圧倒されましたが、今回の和牛の共進会もなかなか圧巻でした。片道5時間のバスの中で農林水産部畜産課の倉橋課長から、兵庫県産和牛の血統に対する苦労や今後の目標など細かく説明を受け、全国的にいち早く信用を回復した但馬牛の強いブランド力に改めて大きな誇りを感じました。
しかしご指摘のように値が上がることによって、りっぱな子牛が県外に流出してしまうのも心配です。高品質な血統を守りながらも大きく育てられる品種改良、そして生産農家、肥育農家共に共存できる価格体系をどう維持していくか、専門家である岸田さんや皆さんと協議しながら応援していきたいと思っていますので、今後ともどうぞ宜しくご指導ください。

さて、懸案のゴルフの件ですが、今日29日の成果はどうだったでしょうか?岸田さんが書いておられるように50〜10ヤードのアプローチは特に難しいですよね。私も「練習しないで上手になる方法」なんて生意気にHPでコーナーを作っていますが当の本人が苦労しています。でもゴルフと言えどもスポーツですし、体を動かしてプレーする限り何らかの「コツ」はあるはずです。その「コツ」を早く掴んでもらって、自信を持つこと、これしか上達の方法は無いと思います。ゴルフは自信です。どうぞもう一度「練習しないで・・・」を読み返していただいて、自信を取り戻してください。

因みに50〜10ヤードのアプローチですが、きっと目の前のピンに寄せようと思う気持ちが先走って余計な動きが良いショットの邪魔をしているのだと思います。大切なポイントを3つ書きます。
先ず一つ目はボールと体の距離を絶対に変えないこと。寄せようと思うときっと体がボールに近づきます、具体的には打つ瞬間に背中が丸くなって猫背になります。アプローチする時は特に意識して背筋を伸ばしてください。それと左肘も常に伸ばしたままでボールを打ってください。これでボールと体の距離は変わらないはずです。
2番目は打ち方ですが、50ヤード以下ならそんなに振る必要はありませんから、あまりコックを使わずにパターを打つ要領でクラブを振ってみてください。アプローチウェッジを使えば50ヤードはバックスゥングを腰より少し上くらいで届くはずですから振り子の要領で(パターを打つ感じで)打ってみるとミスは相当無くなるはずです。距離が短くなるほど振り幅を小さくしていけばいいのです。
3つ目は目線です。近くなればなるほど打つ前に目線がピンの方向に行ってしまいます。ピンを見てもボールは寄りませんし、かえってダフッたりトップする原因になります。心配のあまりピンを見たい気持ちは良くわかりますが、これが「うまくなるコツ」だと信じてボールだけをしっかり見て確実にヒットしてください。

さてこれできっとうまくいくはずなんですが、どうでしょうか。理屈ばかりじゃなく、実際にプレーしながらレッスンという方法もありますから、うまく機会が合えばどうぞ一緒にラウンドさせてください。それではご健闘をお祈りしています。


久島務 日本人の生き方
(投稿日) 2002年09月23日21時05分   HP

北朝鮮の問題、超一流企業の不正事件、不祥事など、
われわれ日本人の生き方や在り方が、問われているのだと思います。

市町村合併問題も、一緒です。

21世紀のまちの生き方や在り方が、問われております。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月21日15時23分
9月20日(秋の交通安全運動)

明日からの秋の交通安全運動を前にして、今日氷上郡交通安全協会や柏原警察署、
各種団体の共催により、交通安全街頭キャンペーンが氷上町内の大型ショッピン
グセンター「夢タウン」前で行われた。今年の交通事故件数は前年に比べて非常
に厳しい数字となっている。特に交通事故による死亡者数は今日現在で8人、こ
れは前年同時期に比べて+5人だ。これは兵庫県内の各警察署の中で件数で4番
目、前年比の増加数で2番目という不名誉な数字となっていて、柏原警察署の松
本交通課長とともに、交通安全協会長の私もガックリ状態である。
8人の内、65歳以上のお年寄りが6人、後の2人が大阪など外部からの運転者
だ。以前から言われているように、高齢者に対する交通安全教育の充実、そして
通過車両(氷上郡を通り抜ける自動車)に対する安全運転指導を徹底的に行うこ
とが大切だと改めて思い知らされた。
これから秋の行楽シーズン、そして慌しい年末と雪や凍結。季節は交通安全にとっ
て最悪の時期に入ってくる。これ以上交通事故による犠牲者が増えないよう祈り
たい。                          O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月21日15時17分

9月19日(畜産共進会)

今日は最高の天気、これぞ秋晴れという陽気の中、平成14年度氷上郡畜産共進
会が午前9時から氷上町の旧丹波家畜市場で開催され、来賓として出席した。日
頃丹精こめて育てておられる乳牛、肉牛の品評会だけに皆さんの緊張感が伝わっ
てくる。
昨年の9月11日、ニューヨーク同時多発テロと同時に日本全体を大きく揺るが
したBSE(牛海綿状脳症)問題、風評被害などで牛肉価格は暴落し、酪農家に
とっても大きな打撃となった。本年3月には郡内酪農家の代表役員の皆さんも県
庁においでいただいて、北原農林水産部長にBSEに対する県のより積極的な支
援を要請した経緯があり、非常に厳しい逆風の中での酪農経営を余儀なくされて
いた。
久しぶりに生産者の皆さんと懇談すると、一応に明るい表情なので安心した。話
を聞くと兵庫県産、特に但馬牛の評判がすこぶる良いようで、この春あたりから
牛の価格が戻り始め、現在ではBSE問題前を上回る高値がついているらしく、
県でお会いした時には果たして兵庫県の畜産業はどうなるのかと深刻な状況だっ
ただけに、私自身も目の前がパッと明るくなった。
牛の世界に限らず、世間は本物や真面目に取り組んでいる事に対してもっと高い
評価を与えるべきではないだろうか。一部のマスコミの不安を掻き立てるような
報道の上っ面だけを見て、正当なものまでその価値を下げて見てしまう、そんな
事例が最近特に多いように感じる。本物ならそのうち皆が認めなおしてまた復活
するよという意見もあるが、これだけ厳しい不況の中で経営している方々にとっ
て短期間でも受けた打撃はこたえるし、致命傷になる場合もある。BSE問題を
良いばねにして本物とは何かを兵庫県産牛で大いにPRしてほしいと思う。 O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月20日01時19分

9月18日(北朝鮮の拉致問題)

北朝鮮からの拉致問題への回答には予想もしない死亡情報が含まれていて、大き
なショックを受けた。いろんな話を総合して聞いてみると、ご家族の皆さんは事
前にかなり前向きで明るい見通しの予測を聞かされていたようなフシがある。生
存は勿論、うまく事が運べば近い将来、帰国の可能性もあるだろう、こんな内容
だったのではないだろうか。それが一転して8人の死亡情報、そしてその根拠と
なる情報は全く無し。これでは家族の皆さんの怒りがかなり厳しいものになるの
は容易に理解できる。ましてや拉致された人から「無事だ」と言った内容の手紙
が届いた時に、外務省があまり刺激的に扱うと話がこじれる可能性があるとその
情報を非公開にしたり、北朝鮮で暮らしている具体的な情報を全て伏せてきた経
緯を考えると、その苛立ちが生きて日本に帰って来てくれれば全て喜びに変わっ
ていっただろうが、現実は全く逆の情報となり、怒りが増幅することとなった。
やっと国交回復の糸口が見えかけた時である、ご家族の気持ちは深く理解できる
が、詳細な死亡情報を確認しようにも、相手の国がそれなりの協力をしてくれな
ければ先へ進めないのも現実。お互いが前向きな気持ちで事実確認に協力しあう
雰囲気を作るのも政府、当事者、マスコミなど関係者の大きな仕事だと思う。O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月20日01時18分

9月17日(議会LANスタート)

いよいよ本日から我が兵庫県議会にも一人一台のパソコンが配備され、議会LA
Nがスタートした。本日から数日間に渡って全ての議員が参加しての基礎的な講
習会が開催され、IBMのTHINK PADを使ったインターネット交信が始
まる。
詳しい事はわからないが、最新の機種らしく、私が以前使っていたTHINK 
PADよりも操作が簡単で使いやすい操作盤に改良されている。無線での常時接
続となっていて、丹波よりもかなり早いスピードで動いているので、非常に作業
が楽だ。やはり都市部と郡部のデジタルディバイドは大きく存在していることを
痛感した。
ただ、残念ながらセキュリティーの問題から端末を自宅に持ち帰ることはできな
いし、現在は外部から覗きにいくことも不可能だ。従って県庁に出向いた時しか
メールチェックができないし、敏速な情報収集もできそうにない。まあ一足飛び
に考えずに、少しずつ改良を加えて進んでいくしか仕方がないか。兎に角、初め
てキーボードに触った議員もいらっしゃるわけだから、電子県議会を目指して、
画期的な第1日目になったのは間違いない。            O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月20日01時17分
9月16日(節酒して2ヶ月)

禁酒から約2ヶ月、9月5〜6日の人間ドックでの体重測定では見事3キロダウ
ンの82キロでダイエットにもかなりの効果が現れてきた。あまり多くの人達に
言いふらすとかえって負担になるから黙っているのだが、これを機会に一生禁酒
を続けようかなと思っている。正確には節酒というべきかもしれないが、宴会や
パーティーなら最初の乾杯やどうしても受けなければならない献杯などは無礼に
ならない程度に戴くが、その後は徹底してウーロン茶やノンアルコール飲料で通
してしまう。プライベートな会食などでも最初からスローペースでお付き合いを
して、2次会などは前述のようにお茶で過ごす。
やってみると案外いい感じで付き合えるし、話も結構はずむ。丁度タバコを止め
た時のように、これだけ長く禁酒していると、少しのアルコールでもかなり酔
うし、すごく酒が弱くなったように感じる。従って周りの人たちにもシラケテ迷
惑をかけることもないし、翌日は起きた瞬間から活動が開始できる。第一健康維
持や肝臓のためにはこれほど効果的な方法は他に無い。
お酒関係を生業としておられる皆さんには大変申し訳ないが、暫くはこの節酒で
過ごしたいと思っている。しかし、「約束とは破るために交わすもの」と誰かが
言っていたように、いつまで続くかは誰にもわからない、この日記のように・・
・。                           O

久島務 リンクのお願い
(投稿日) 2002年09月14日00時06分   HP

石川先生、リンクさせて頂きました。

ご了解よろしくお願い申し上げます。
のりさん 良いH.Pですね
(投稿日) 2002年09月16日09時45分
久島議員、おひさしぶりです。
私もたまに久島議員さんのH.Pを覗かせていただいてます。
市民の方からの書き込みが活発でうらやましく思ってます。
こちらも更に充実するよう頑張ります。9月本会議の一般質問
の実りあるご成功をお祈りしています。

久島つとむ向日市議会議員のH.P
    http://www.jade.dti.ne.jp/~kussan/

久島務 Re:リンクのお願い
(投稿日) 2002年09月17日08時22分   HP

残念ですが、実は投稿者のほとんどの方々は
有権者以外のようです。

しかし、とても参考になり勉強になっております。


お盆に、家族一同、柚津のお墓参りを致しました。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月17日00時06分

9月15日(株イシカワOB会)

親父から22歳で受け継いだ材木会社、「株式会社イシカワ」は昭和24年創業
だからもう53年になる。その間火事に見舞われたり、大きな不渡りを掴まされ
たり、大小いろんな事故があったりで何度か危機に遭遇したが、辛うじて今日ま
で継続してこられた。その大きな要因は酷寒猛暑に関係無く懸命に仕事に励んで
くれた社員の献身的な努力だろう。
今日定年退職でOBとなった元社員の皆さんが一度ゆっくり懇談をしようと、O
B会を結成していただき、初会合が春日町内で開かれた。夕方5時からの懇談会
だったが、久しぶりの出会いだったこともあって、時間はみるみる過ぎてゆき、
気がついたら10時は軽く回っていて、料理屋さんからもうボチボチと声が掛か
る始末。
同じ釜の飯を食い、苦労を共にしてきた仲間ならではの連帯感が充満し、熱を帯
びた話や大きな笑い声があちこちで聞かれる。現在は議員活動に専念している為
代表取締役を家内に引き受けてもらっている関係で、厳しい経済状況の話は家内
に、政治に絡む話は私にと話題は尽きず、今後とも固い結束のもとにOB会を盛
上げていこうと気勢が上がった。。第2回目の懇談会早期開催を誓ってお開きと
なったが、最後までボルテージが上がりっぱなしの和やかな懇談会だった。△


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月17日00時05分
9月14日(植野記念美術館と小曽根さん)

この日記に何度か登場している最も長く(約50年)お取引をしていただいて、
多くの売上を確保させていただいている神戸市の精密機械メーカーの社長さんと
奥さんが丹波にお友達を連れて遊びに来たいと連絡をいただいた。久しぶりの出
会いなので楽しみに待っていたら、神戸で活躍されているジャズピアニストの小
曽根真さんのお母様がご一緒だといわれる。狙いは氷上町立植野記念美術館で8
月10日から開かれている東京富士美術館コレクションによる「近世フランスの
絵画と版画」展だったが、午前中のひと時を神戸からのお客さんと共にゆっくり
した絵画鑑賞に使わせてもらった。
植野記念美術館に入られた小曽根美智子さんは、その石造りの建物に非常に好感
を持たれ、この石の響きはヨーロッパの教会に共通していて、きっとパイプオル
ガンやハモンドオルガンの音色ならばすばらしい音響効果が引き出せるだろうと
絶賛していただいた。早速可能ならば演奏会を開いてはどうかと話が進み、来週
から八木館長さんと「可否」も含めて協議に入る予定となった。
昼食は柏原町の商店街活性化事業で開店したイタリア料理店「オルモ」(ケヤキ
の意味)でゆっくりとっていただき、午後は丹波の森公苑と日本一低い分水界の
水分かれ公園を案内させていただいた。
私自身が普段バタバタしている関係で美術館やいろんな話をしながらの昼食など
余裕を持って楽しむ機会を持てなかったが、こうして各地を回ってみると氷上郡
もなかなか見所がある良いところだ。神戸から訪れていただいた田中社長ご夫妻、
小曽根美智子さんは勿論、私達夫婦もまた氷上の魅力を再認識した土曜日だった。
                               △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月17日00時05分

9月13日(東京電力の公益性)

東京電力福島原子力発電所の点検データが改ざんされ、大きな社会問題になって
いる。改めて企業倫理が問い直されているが、今回の事件は雪印食品や日本ハム
の食肉偽装事件と少し違っている。
雪印や日本ハムは国産肉と偽って外国産牛肉を国に買い取らせて詐欺まがいの行
為を犯し、不買運動などによって、大きな制裁を受けた。大手スーパーから両社
の製品が撤去され、売上は危機的状況にまで落ち込んだ。
ところが、今回の東京電力はどうだろう。炉心隔壁(シュラウド)と呼ばれる大
きな筒の周りにひびが入っていたにも拘わらず、その点検データを隠し、操業を
続けたが、消費者はその電力を不買運動に繋げることはできず、その不誠実な行
動に腹を立てながらも、日々送られてくる電力を否応無く使い続けなければなら
ない。
原子力発電は最新式の軽水炉でも1基3700億円と高額だが、天然ガスや石油
を燃やしての火力発電に比べてランニングコストが低いために、動かせば動かす
ほど儲けが多くなる仕組みになっている。因みに稼働率を1%上げれば60億円
の増益になる。
「シュラウドの修理に時間を要すれば送電停止状態が長く続き、電力を安定して
届けるという公共的な役割を考えれば、今回のデータ改ざんは苦渋の選択だった。」
と東電側は言い訳するだろうが、うがった見方をすれば、「どうせばれても電力
は必ず買ってくれて売上に何の影響もないし、うまく操業し続けられたら、それ
こそ大きな利益が確保できて、停止するのと上下大きな利益格差となる。」ちょっ
と厳しい推測だがそう思われても仕方のない公益企業の宿命だろう。きっちりと
した企業責任を果たしてこそ公益の名に恥じない企業として認められる。 △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月17日00時04分
9月12日(小泉首相の北朝鮮訪問)

「小泉首相の北朝鮮訪問」には正直驚かされた。これまでかなりの外交チャンネ
ルで交渉してきたにも関わらず実現しなかった「トップ会談」が小泉首相の2年
目においてそれも電撃的に決められた事。今ひとつは、誰も沈む事がわかってい
る船には乗らないのと同じで、失敗するような話し合いには近づかないが、小泉
首相が「行く、会談する」と決断した以上、何らかの感触の良い下打ち合わせが
できての事だろうが、かなりの外交手腕が発揮されたのだろうし、根回し役のス
タッフの大金星だろう。
早速日本のマスコミは日本人拉致問題の早期解決に向けての大きな進展を期待と
もプレッシャーともわからない調子で書き立てているし、アメリカなどは核査察
問題での進展を願っていて、日米首脳会談で強力にハッパをかけただろう。
物事には順序があって、先ず出会ってお互いの事情も理解しないうちに、核心や
触れられて厳しい部分をズバズバやりとりできるはずはない。ここは一つ冷静な
気持ちではやる心を抑えながら、話し合いの推移を見つめる事が大切だろう。折
角堅い扉を開けてくれたのだから、開けさせた両国スタッフがこれからも良いムー
ドで水面下の交渉が続けられる雰囲気作りが重要であって、期待はずれだったと
相手国をなじって、大切なスタッフの足を引っ張っては、大きな成果を逃すだけ
でなく、全くの外交オンチな国民と世界中から冷ややかな視線を浴びることにな
る。                            △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月16日21時40分
9月11日(アメリカの信頼)

ニューヨーク同時多発テロから1年、全世界であの悲劇的な惨事に対する鎮魂を
祈り様々なイベントが繰り広げられた。日本人にとっても決して人事ではない、
いつ日本国内であのような悲劇が起こっても不思議ではないという危機感を持つ
意味でとっても重要だったと思う。
ただ、あまりにも復讐を正当化するあまり、最終的な世界平和を目指すため
の武力行使が瞬間的にでも憎しみのはけ口になってはいないか、感情的な攻撃に
走っていないか、非常に気になる。最近地球環境などの世界的な動きに対して拒
否反応を示し続けているアメリカだからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。
京都議定書や南アフリカヨハネスブルグでの環境と開発に関する国際会議のボイ
コットは典型的な例だろう。更に、イラクに対する武力行使を各国の同調を取り
付け、早急な実行へと急いでいる。ブッシュ大統領はイラクが大量殺戮兵器を製
造している確かな証拠があるし、いつでも提示できる用意があると言っている。
それならばもう少し各国が納得できる情報を全てとは言わないが、もう少し懇切
丁寧に提供してもいいのではないか。ニューヨークテロにおいても、ヴィンラディ
ンが主犯者だとアメリカは断言したが、その確固たる証拠があるといいながら、
結局未だに私達は理解できていない。
強い力を持つ者だからこそ、より深い信頼関係で周りの者と付き合わなければ、
じわじわ溜まっていく不信はいつかとんでもない抵抗となってその強者の座から
引き摺り下されることになる。その信頼関係は正確な情報の共有によってのみ、
築かれる。                          △


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月16日21時39分


9月10日(日野原先生)

東京の聖路加国際病院の理事長をされている日野原重明先生のお話をNHK
の教育テレビで拝見した。ご本人は1911年生まれの91歳だがいたって
お元気で、自ら高齢化社会の中で充実した人生を過ごすかをテーマに様々な
提言を行っておられる。
その具体的な活動に「新老人の会」がある。年老いても元気に生き甲斐を持っ
て活躍してほしい、その為には常に何かに挑戦する気持ちが大切だ。今の日
本では65歳以上を「高齢者」と呼んでいるが、「老」は尊敬するという意
味が込められているから、あえて老人と呼んだほうが良い。そして75歳以
上を「新老人」と呼んで、いろんな事にチャレンジしてもらうお手伝いをし
ようというのが、この「新老人の会」の趣旨である。そして若い人たちから
「あんな風に年をとりたい」と思わせるような老人になろうと日野原先生は
呼びかけている。
家内が以前から日野原重明先生の書かれた本「生きかた上手」(ユーリーグ
出版)を読んで、こんなお医者さんに診てもらいたいと言っていたが、今日
のテレビを見て、またこの本を読んでみて、納得した。     O



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月16日21時38分


9月9日(自民党々員拡大)

自民党に対する理解と協力が得られない中で、少しでも党員を増やしたい、活動
を活発にしたいと思っているが、現実は厳しい。力強く日本を引っ張ってきた自
由主義経済並びに民主主義をしっかり守ってきた功績は偉大なものがあるが、5
0数年という長期政権によるいろんな歪やしがらみの為に多くの国民がその貢献
度よりも弊害のほうが問題だと感じている。確かに連日のようにマスコミで報道
されている政治腐敗の実態を見ると、そう思われても仕方がないかもしれない。
しかし大部分の議員や政治に関わっている人たちは、本来の政治活動を真摯に実
直に地道に進めているのだが、そんな実態は先ず取り上げられないし、多くの人
たちも興味を示さない。
ボヤいていても仕方がない、兎に角理解を得られる周りの人たちから協力をして
いただこう、今の自民党が嫌いでも、良い自民党に変わるなら応援しよう、自民
党改革の為の活動なら力を貸そうと思っている人たちに集まってもらおう。

本日、自民党氷上郡支部春日町地区の役員会が開催され、自民党に対する厳しい
意見を率直に述べていただくと共に、目に見える活動をしようと、10月に党大
会を開催する計画を立てていただいた。千里の道も一歩から、先ずは行動。O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月16日21時37分

9月8日(千と千尋の神隠し)

青垣町後援会の皆さんと信州に親睦旅行に出かけ、帰りの車中で以前から見たかっ
た「千と千尋の神隠し」をビデオで鑑賞した。後援会の皆さんの反応を見ている
と、どうも私と同じく、気にはなっていたけれどわざわざ映画館に行ったり、ビ
デオを借りてまで見ようとはしなかったといった雰囲気。約3時間に渡って食い
入るようにビデオを見ている方がほとんどで、ビデオ終了時には拍手が聞かれる
ほどだった。
さすがは世界的に評価される宮崎駿監督の作品だけあって、映像の美しさやストー
リーのテンポの良さは勿論だが、話の内容に考えさせられる所が多く、人間とし
ての大切な価値観をさりげなく表現している部分に感銘を受けた。千と呼ばれる
千尋の思いを通して、人を思いやる心の大切さ、お金では量れない人と人との繋
がりなど子供だけではなく、私達にも身に詰まされる内容だった。
「久しぶりに良い漫画を見させていただきました。」石川
「石川さん、漫画ではありません、アニメです。」バスガイド
「・・・・・。」石川                    O




のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月06日08時02分
9月5日(人間ドック)

今日から人間ドックの為に明石市の県立成人病センターに入院。昨年に続いて直
腸、S字結腸検査を受ける関係で先日から絶食している。まあ肥満気味だから1
、2食抜いたほうがいいくらいだなんて余裕を持っていたが、その後が大変。昼
食は食パン(耳カット)が1枚にジュース、すまし汁、おかゆ状のもの(?)、
紅茶、これだけ。
そして下剤。夕方は昼食と同様だがパンがつかない。そしてポカリスウェットに
似た下剤を900ml、それも短時間で飲んでくれという。喉も渇いていないの
に、900mlの下剤はかなりキツイ。約2時間後トイレに駆け込んだが、看護
師が言うのに、汚れの無い黄色い水分が出るまで腸内をきれいにする必要がある
らしい。翌日5時半ごろ、また900ml飲んでくれと冷蔵庫にポカリ下剤を置
いていった。流石の私もこれには参った。気を紛らわそうとテレビを見ていると、
とんねるズの、タレント同士が嫌いなメニューを当てっこする番組、ムカッとし
てチャンネルを変えると、どっちの料理ショーで餃子対シュウマイ。ひっくり返っ
てしまった。            もちろんO



Con Amore 赤ペン先生ではありませんが・・・
(投稿日) 2002年09月06日18時26分
最近は、保母・看護婦等の言葉は死語になったのでしょうか。男女共同参画時代の賜物でしょうか。世間では、保育士・看護師と言うそうですね。士と師はどう使い分けているのでしょうか。師は医療関係かな?と思っていますが、栄養士は、栄養師とは言わないですね。薬剤師はもちろん師ですし。なかなか難しいですね。
何より大切なのりさんのご健康。ほんの少し昔のスリムな体形に近づけましょうよ・・・。

のりさん ご指摘の通り
(投稿日) 2002年09月08日01時05分
Con Amoreさん、度々のご指摘有り難うございます。男女共同参画社会推進の一環でしょうね。私も昨年県庁でこの呼び名で議論していたのに、うっかりしていました。今後ともどうぞ良きアドバイスをお願いしますね。涼しい白樺湖から感謝を込めて。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月08日01時01分
9月7日(本音で動く)

人の目なんか気にしてられない、本音で動こうと決意した時期があった。
昭和52年、親父が胃がんで49歳の若さで亡くなった時、大学生だった私の人
生に突然大きな責任がのしかかってきた。会社、家族、結婚。特に動き続けてい
る会社の経営責任が途端に迫ってきた時、誰も助けてくれない、泣いてもわめい
ても甘えても事は解決しない、それなら兎に角前に進むしかない、わからないな
らわからないままで自分が正しいと思った判断を信じて行動するしかないと、少
ない経験の中で思考錯誤しながらもがいた時期。今から思い返せば、あの時が自
分の一皮剥けた瞬間だったのかなと感じる。今になってみれば、さほど思い悩む
ような事ではなかったかもしれないが、当時は文字通り人生観が変わったし、あ
の時の辛い気持ちを思えば、それ以後の悩みなんて然して問題にならないように
思った。また喜怒哀楽が素直に身体に表現できるようになった気がする。

今日から青垣町の皆さんと後援会の親睦旅行で信州に来ている。宴会の後、一人
部屋に戻って途中からとなった「北の国から 2002 後編」をテレビで見て
いて、息子の純が自分の親父である黒板五郎に対して、「こんなに自分の心を素
直に、人が見ていてみっともないほど素直なままに行動できる父を誇りに思いま
す。」と最後のシーンで言った。
21年前からずっと「北の国から」を好きで見続けてきたファンの一人として、
この台詞が脚本家倉本聡さんの言いたかった答えなのだと思った。

ホテルの窓から白樺湖が真下に見えている。涙でボロボロになりながら湖畔の明
かりを見下ろしていた。                   △



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月08日01時00分
9月6日(胃カメラ)

いよいよ本日、今回の人間ドック最大のヤマ、胃カメラ検査となった。
9時からの直腸、S字結腸検査は何の苦も無くスムーズに進んだが、9時半から
の胃カメラ検査は去年と違って管を飲み込む際にやたらにエズいた。「楽にして。
大きなため息をつくような感じでリラックスして。」なんて看護師が背中越しに
言ってくれるのだが、どうにもならない。結構奥まで入ってしまっていてもゲー
ゲーいって検査中断となり、かなり時間的に迷惑をかけた。去年より胃や食道が
荒れているのが原因なのかと心配になった。ようやくカメラを引き抜いてもらっ
た時にはベッドの上や肩胸などべとべと状態で、目は真っ赤、我ながら情けなかっ
た。後で担当医師に聞いてみると胃の内部は別段問題は無いとの診断結果。折角
1ヶ月半も禁酒して特に胃は調子を整えていたし、担当医の差込方も丁寧だった
だけに納得できないカメラ検査だった。

退院した後、他の用事を済ませながら夜中に帰宅して以前から楽しみにしていた
「北の国から、2002」のビデオを見ていたら、主人公の黒板五郎さんが人間
ドックを受ける場面があり、私と全く同じようにゲーゲーやってるシーンが映し
出された時には妙に親近感を覚えた。
今回もたいした異常は見つからず、一安心で一件落着となった。 △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月05日20時39分
8月31日(柏陵セミナー)

柏原高校の卒業生で様々な分野で活躍されている人をお呼びし、講演をしていた
だく、「柏陵セミナー」も今年で5年目。毎年8月の後半に柏原高校100周年
記念に同窓会の寄付で建設された「柏陵会館のじぎくホール」で開催しているが、
今日、第5回目が大勢の同窓生の参加を得て開かれた。今年の講師は氷上町常楽
出身の上野重喜さん。東大卒でNHKに入社。チーフデュレクターなどいろんな
活躍を経て、現在OBのみなさんたちとラジオ番組「ラジオ深夜便」を担当され
ている。柏原高校6回卒業ということは、昭和10年生まれ、現在67歳だろう。
なかなかの紳士で喋られる物腰も柔らかい。200人近く集まった皆さんは最後
まで熱心に上野さんの話に聞き入っていた。              O
のりさん Con Amoreさん
(投稿日) 2002年09月05日20時44分
やはりシューベルティアーデの今年のメインゲスト、西本淳さんはNHKの番組ではまだ演奏していないようです。どうも私の聞き違いというか早合点だったようで、それくらいの実力者だという事は間違いありませんので、どうぞ応援してあげてください。それにしても去年のメインゲスト稲本響さん(ピアニスト)といい、今年の西本さんといい、すばらしい若手を登場させる畑さんはすごいですね。そのうち、丹波のシューベルティアーデに呼ばれる演奏家は将来を約束されたも同然、なんてハクがついたらいいね。

Con Amore 早速のお返事に感謝
(投稿日) 2002年09月05日22時31分
それにしても去年のメインゲスト稲本響さん(ピアニスト)といい、今年の西本さんといい、すばらしい若手を登場させる畑さんはすごいですね。そのうち、丹波のシューベルティアーデに呼ばれる演奏家は将来を約束されたも同然、なんてハクがついたらいいね。

同感です。篠山市・氷上郡以外でも、例えばわたくしのように、この音楽祭を楽しみにしている者もいますので・・・。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月05日20時43分

9月4日(競馬場)

今日も総務常任委員会の管内調査で阪神地区の県民局や施設を訪れた。尼崎市に
ある公営競馬場も調査箇所の一つ。JRA(日本中央競馬会)も厳しい不況のあ
おりを受けて売上が減少しているが、今日訪れた阪神競馬場も中央以上に大変な
状況だ。それでも午前中に訪問したが3000〜4000人ほどの競馬ファンが
来場していて昼過ぎには6000人まで膨らむとの事。実は私は今日まで競馬場
に行った事がなく、競走馬が実際に走っているところを未だかつて見た事がない。
生まれて初めて競馬場を見られるとあって、楽しみにしていた。
ところがなんと、10月27日(日)夜10時からサンテレビで放映される「県
議会リポート」の収録があり、阪神競馬場が私のビデオ収録場所になっていた。
胸騒ぎが的中してしまった。会議室で全体の説明を受けた後、実際に走っている
ところを見てもらいましょうと案内される直前、ビデオ収録の声がかかってしまっ
た。早くビデオ撮りを終えてみんなと合流しようと思っていたら、なんと1回目
のインタビューで文言を詰まらしてしまい、NG。2回目あせってNG。なんと
4回近くNGを出し、カメラスタッフからは冷たい視線を浴びせられるし、視察
は終了して競馬場は見られないし、全く最悪のタイミングとなってしまった。競
馬を見ることはもっと先のことになりそう。               O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月05日20時42分

9月3日(誕生日)

今日から総務常任委員会の管内調査が2日間行われ、今回は神戸、阪神地区の調
査。朝、神戸から始まって芦屋、尼崎、西宮、伊丹。翌日は宝塚、川西、三田と
広範囲な調査となる。従って1泊2日の行程になるが、実は今日は家内の誕生日。
普段大変な苦労をかけているから今日くらいは慰労を兼ねて何かサービスでも・
・と思ってはみたものの、公務が入ってきてはどうにもならない。
しかし普段から相当助けてもらっているにも拘わらず、面と向かってお礼なり、
暖かい労いの言葉なりがどうしてもかけられない。勿論照れくさいのが最大の原
因だろうが、こんなことでは、欧米ではすぐに訴訟問題か離婚騒ぎになるだろう。
これはやはり狩猟民族と農耕民族との違いにも関係しているのかな。   O



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月05日20時41分

9月2日(若さと政治)

民主党の代表選挙が近づいてきて、今回は先ず8人が名乗りを上げ、今日の時点
で6人まで絞られてきた。各人それぞれいろんな思いがあっての意思表示だろう
が、(実は最初から立候補のつもりではなく、マスコミを利用した売名行為をし
ている者もいるとの批判もある)若い候補者が挑戦することには大きな魅力を感
じる。兎に角言っている事がわかりやすい、テンポもいい、発想が前向き、クリー
ンなイメージ。自分が若いつもりだから若さを殊更優遇するわけではないが、自
民党に欠けている魅力だと思う。
1994年、イギリスのトニー・ブレア氏が労働党の党首に就いたのは41歳だっ
た。そしてその3年後、与党だった保守党から政権を奪い、43歳の若さでイギ
リスの首相になった。その時のキャッチフレーズは「イギリスはもっと良くなれ
る」。サッチャーという強烈な個性の指導者が一線から退いた後、引き続き力強
いリーダーを求めていたイギリス国民にとって野党ではあったが若いブレア党首
に大きな魅力と期待を持ったのは容易に理解できる。
自民党兵庫県議員団の中でも改革論議が提案されている。昔からのしきたりにも
似た不合理な規則はこの際見直してもっとわかりやすく、また実力がある者、意
欲がある者がもっとそれなりの仕事ができる体制作り、そんな組織に変えていこ
うという思いでざっくばらんな話し合いがこれから随時開かれようとしている。
今日もその一日だった。                       △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年09月05日20時41分

9月1日(笑いと健康)

笑いは健康に良いらしい。この前、丹波にゆかりのある落語家の桂三扇さんが話
していたが、ある病院でガン患者さんに落語を聞かせて笑ってもらい、病気の経
過を検査したデータがあるらしいが、確実に治癒力に効果があったという。多分
ガンだけではなく、身体の健康メカニズムのために笑う事が良いのだろうが、さ
て笑う事の何が良いのか?勿論誰が考えても怒ったり悲しんだりするよりも楽し
く笑っている方が精神的に良いのは理解できるが、もう少し突っ込んでみると、
どうも呼吸に関係するようだ。普通笑うと息を吐く。そりゃあ息を吸いながら笑
う人もいるだろうが、そんな笑いはろくな笑いじゃない。(試しに息を吸いながら
笑ってみてください、料理屋の薄暗い小部屋でひそひそ話している越後屋と悪代官
みたいでしょ)結局息を吐くことがどうも健康になる秘訣のようだと思われる。

今日、「丹波の森ふれあい音楽祭」に出かけて丹波地区のいろんなコーラスグルー
プのみなさんの楽しそうに歌っている姿を見て納得した。歌うこともまた息を吐
かなければならないからね。みなさん本当に元気でした。     O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月31日22時07分

8月30日

シューベルティアーデ丹波がいよいよ今日から始まった。
今日のオープニングコンサートから11月2日のファイナルコンサートまで合計
14回のコンサートが丹波各地で開催される。
今年で8回目だが、丹波の森公苑の大ホール(800人収容)が一杯で立ち見が
出る盛況ぶり、今回が最高の入りだった。それだけこの音楽祭が周知されてきた
のと、和やかで堅苦しくない企画、久しぶりの足立さつきさん(春日町出身)が
登場することも大きな要因だったろう。
東京からも足立さつき東京後援会の皆さんがオッカケで20名も駆けつけていた
だき、私達丹波後援会のメンバーとコンサート終了後、大懇親会を開いて1年ぶ
りの再会を喜んだ。
今年のシューベルティアーデ丹波のシンボルアーティストはサクソフォン奏者の
西本淳さん。まだ20歳台半ばの若さだが、大阪音大大学院修了の実力者で今N
HKで放送されている朝の連続テレビ小説「さくら」のテーマ曲をサクソフォン
で吹いている。今日の演奏でアルトサックスでサンサーンスの「白鳥」を演奏し
たが、2曲目にバリトンサックスでカザルスが国連で反戦を訴えてチェロで演奏
した「鳥の歌」を吹いた時にはグッとこみ上げるものがあった。会場の心が一つ
に固まった1曲だった。
これからの14箇所でのコンサートが楽しみだが、いろんな行事と重なっていて、
じぶんたちの春日町のコンサートを含めても3箇所くらいしか参加できそうにな
い。残念だが議員活動を優先させながら盛会を祈るしかない。      △
Con Amore Re:のりさん日記
(投稿日) 2002年09月02日07時32分
「さくら」のサクソフォン奏者は、須川展也さんではありませんか?

先日の西本 淳さんの『鳥の歌』 感動しました。

のりさん Con Amoreさんへ
(投稿日) 2002年09月04日07時09分
確かシューベルティアーデの実行委員会でどなたかが西本淳さんを紹介する時に前述の説明をしていたんですが、もしかしたら番組違いだったかな。NHKの連続テレビ小説は違ってないと思うのですが、頼りない日記ですみません。すぐに確認してまた報告しますね。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月31日22時06分
8月29日

山南町後援会役員会が開催され、今後の後援会活動のあり方について夜遅くまで
議論していただいた。
「地域発展の為に県は国や市町と連携して様々な事業を推進していってほしい。
そうしたわれわれの要望をできるだけ多く、早く、正確に汲み取って実現するよ
うに頑張ってほしい。そのためにわれわれは強固な後援会を組織して強く応援し
ていこう。」
非常にあり難い意思統一をしていただいた。そこで私がお願いしたことが一つあ
る。「仕事をさせる為に応援する、と同時に、仕事をしっかりさせたから応援す
る。」という考え方である。秘書がいない地方議員では、一人で活動しても集め
る情報はタカがしれている。普段から懇意ししていただいている後援会の皆さん
がいろんな意見は勿論、要望、陳情などを仲介していただくと、その情報収集範
囲は飛躍的に広がるし、第一仲介していただいた方もその地域の問題点を把握さ
れて、様々な形で解決に向かっての協力体制を取っていただける、こんな心強い
ことはない。事業推進のための応援団となっていただけるのだ。
以前、青年会議所での3分間スピーチで「石川がスピーチテーマを考えろ。」と
言われて、「男の値打ちは何で決るか?」というテーマを提示し、多くのメンバー
にスピーチしてもらった事があった。他のメンバーがスピーチをしている間にも
し自分だったら何と答えるか、かなり真剣に悩んだ記憶がある。
その時の私の答えは「男の値打ちは実績で決る。」だった。今でもこれだろうと
思っている。
後援会も仕事ぶりを見ての応援が本当に正しい応援だろうと思う。但しこの論法でいく
と新人では応援してもらえない理屈になる。「男の値打ちは実績と期待度で決る。」
こうなると何でも有りか?と怒鳴られそう。             O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月31日22時05分
8月28日

ある有名な商社でばりばり仕事をしているやり手の管理職がいて、男女を問わず、
みんなの憧れの的になってる。勿論身だしなみも隙がなく、センスの良さが知的
な仕事ぶりとマッチして、理想的な雰囲気を漂わせている。
ところがある日、普段と似つかない野暮ったいネクタイを絞めて、その管理職は
出勤してきた。おまけにそのネクタイは、おしゃれに敏感な人が見たら一目で偽
ブランドとわかる代物だった。何日かその同じネクタイを絞めて来るので、すぐ
に社内の噂となり、数日経った頃、あまりに気になった一人の女子社員が「部長
さん、大変失礼ですけれどそのネクタイあまり似合ってないように思うんですけ
れど・・・。」と声をかけた。それを聞いていた別のOLが「私も言おうと思っ
ていたんですが、それ偽ブランドですよね。部長さんがそんなネクタイしてたら
笑われます。私に本物のブランドネクタイをプレゼントさせてください。」と続
けた。
黙って聞いていたその管理職は声をかけてくれた女子社員たちに微笑みながら答
えた。「実はね、うちにはどうしようもないグレた息子がいてね、私が家庭をほっ
たらかして仕事ばかりに時間を取っているもんだから、反発したんだろうなあ。
ある日あまりに見かねて口論となり、叩いてしまったんだ。そうしたら家
を飛び出したまま暫く帰って来なくて、よわったなあと思い、どうしようどうし
ようと悩んでいたところへ、ひょこっと帰ってきて言うんだ。「親父、ごめん。
多分俺甘えていたんだと思うよ。誰よりも幸せなはずなのに、かまってもらえな
くて寂しかったから、自分だけが不幸だなんて勘違いしていたんだ。でも真剣に
怒ってくれて、ああやっぱり僕は愛されているんだということがよくわかったよ。
もう心配かけない、僕は僕なりで、しっかり頑張るからね。」と言って仕事に使っ
てくれと、このネクタイをくれたんだよ。いやあ、うれしくなってねえ、毎日絞
めてかっこ悪いだろ。」
話を聞いていた女子社員はバタバタとトイレに駆け込んだ。
今日、氷上郡町議会議員親睦ゴルフコンペにゲスト参加して、10年近く使って
いる古いドライバーを見ながらこの話を思い出した。半分自作、半分盗作。 O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月28日22時45分

8月27日

今日も音楽の話が続く。シューベルティアーデ春日町街角コンサートの詳細が煮
詰まってきて、今夜大詰めの会議が船城小学校で開かれ、10月19日(土)夜
7時からの本番に向けて、結束を固めた。
今回は船城小学校、PTA,地元船城地区の全面的な協力がいただけるとあって、
過去行った時のような悲壮感はない。それだけ街角コンサートが春日町内に広く
認められてきたお陰だろう。継続は力なりだ。最近のクラシックコンサートは総
じて身近に感じてもらおうとの配慮がなされていて、多くの皆さんがコンサート
といっても昔ほど堅苦しく思わなくなったのも追い風になっている。
5年前、野瀬という小さな集落で街角コンサートを企画した時なんか、最初「こ
んな小さな村のお寺でクラシックなんて演奏して誰が聞きに来るんや?」と区長
さんや世話役で集まってもらった人たちから冷ややかにつっこまれた。「そんな
に堅苦しいコンサートやないんです。近所のおばちゃんやおっちゃんがそのまま
の格好で気軽に聞いてもらえる雰囲気にしたいんですわ。」なんてやりとりした
が、今ひとつこちらの思いが地元の皆さんに伝わらず、心がまとまらない。いつ
までも堅い会議ばかりしていてもラチが開かないから、「いっぺん飲みましょか」
となって、総合プロデューサーの畑儀文先生も加わって事前の打ち合わせを兼ね
た飲み会を開いた。当然畑先生もいつもの調子で大いに盛り上がり、地元の皆さ
んと意気投合した。本番のコンサートが成功したのは、ご想像の通り。
当日地元の役員さんが暗い夜道を歩行するのに危ないだろうと、ペットボトルを
改造した灯篭を数百本、田んぼのあぜ道に並べていただいた。コンサートが終わっ
て帰ろうとお寺の山門を出た観客のみなさんがそれを見て「わあ」と歓声を上げ
る。丁度田んぼが飛行場の滑走路のように見えたからだ。「凄いことをやってく
れましたね。」とお礼を言うと、「いやいや、みんなその気になってノッてしま
えば、こんなもんですよ。」と涼しい顔。きっとペットボトルを改造するのに、
何日も労力をかけていただいたろうに、そんなことはおくびにも出さない。その
後片付けを終えて、近くの公民館で打ち上げをしたが、とんでもない宴会になっ
たのは申し上げるまでもない。いろんな思い出を引きずって今年も本番が近づく。
                                O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月28日20時55分

8月26日

丹波の森国際音楽祭、シューベルティアーデたんばの総合プロデューサー、畑儀
文さんの後援会が結成され、今夜、篠山市内にある鳳鳴酒造の酒蔵を改造してつ
くられたコンサート会場「ほろ酔い城下蔵」で第1回目のコンサート、「畑儀文
音楽サロン」が開催され、家内と共に参加した。
畑さんとは6年前にシューベルティアーデが立ち上がって、春日町のふれあいサ
ロンではじめての春日町街角コンサートを開いた時からの付き合いで、後の打ち
上げでドンちゃん騒ぎとなり、クラシックの世界でもこんな体育会系のノリで楽
しく飲む人がいるんだなあと新鮮な印象を持ったのを覚えている。その後、学年
は一つ先輩だが、生まれは同じ昭和30年ということで親しくしていただき、春
日町の街角コンサートが開かれる度に後の打ち上げには沢山のスタッフや参加者
と共に毎回残って宴会を盛上げてくれている。
今宵はシューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」の全20曲を約120名の
後援会員の見守る中1時間かけてノンストップで歌い上げた。流石は畑先生、す
ばらしい歌いっぷりだったが、後半には高音のピアノ(弱音)が少しかすれ気味
になって、聞いているほうがドキドキしたが、皆さんの願いが通じたのか、最後
には持ち直して、見事20曲を歌いきってしまわれた。昨晩の「3大テノール」
の感動を引き摺っての鑑賞だったが、ナマの迫力と共に比べ物にならない強烈な
感激を味わった。
コンサート後の立食パーティーで鳳鳴酒造の美味しい吟醸酒を禁酒中ながら、遠
慮気味にいただき、畑先生の労をねぎらった。歌とその頑張りと美酒に感激した
夏の蒸し暑い夜だった。                     △




のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月28日00時11分

8月25日

今日も朝からあちこち走り回り、9時過ぎに帰宅した為、「利家とまつ」を
10時からのBS放送で楽しんだ。偶然その後から「3大テノール」の特別番組
が始まり、久しぶりに天才的な3人の歌声を2時間に渡って聞き入ってしまった。

6月30日に決勝戦を迎えた日韓共催の「ワールドカップ」を記念して6月27
日、横浜アリーナで開催された「3大テノール」の競演、3人そろうのは今回が
きっと最後だろうといわれているステージだけに、テレビで見る限り、決して安
くないチケットだろうが、ぎっしり満員だった。
相変わらず繊細だが優しさがにじみ出ているホセ・カレーラス。優男(やさおと
こ)で一番オーソドックスな歌いっぷりのプラシド・ドミンゴ。どでかい身体で
田舎のおっちゃん臭さが何ともいえない親しみを感じるルチアーノ・パヴァロッ
ティ。さすがは世界最強のテノール歌手だけあって、その実力は並はずれており、
日曜の疲れで襲ってくる眠気も彼らの歌声で吹っ飛んでしまった。
確かカレーラスは一時ガンにおかされ、その音楽活動どころか、生命の危機に瀕
していたとの報道を聞いたことがあったが、今回の元気な歌声からは、その後遺
症は微塵も感じられない。4年ほど前、大阪ドームのこけら落としにダイアナ・
ロスと競演した彼らの中に、カレーラスは確かいなかったような記憶があるが、
その頃は未だ病魔と闘っていた頃だったろうか。情熱的なカンツオーネをたっぷ
り歌った後、いつものオーソレミオ(私の太陽)を最後のアンコールでノリノリ
で歌い上げて幕となった。一流芸術家のショーマンシップと歌に対するひたむき
さを改めて感じた2時間だった。                   O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月28日00時09分

8月24日

午後から和田山町で総務省主催の合併フォーラム、夜には我が氷上郡内の市島町
戸平地区のみなさんとの懇談会。ともに合併が話題の中心となり、いろんな勉強
をさせていただいた。
どちらの会合にも共通しているのは、合併を自分達の主体的な変革の道具として
利用するという考え方だ。合併したらどんなメリットがあるのか、逆にデメリッ
トは何かと多くの人が質問する。私が考えるメリットは、合併することによって
共通する事務的な事業を統合させて効率化をはかり、福祉、教育、医療、などマ
ンパワーを必要とする事業についてはスケールメリットで得られた余力でさらに
充実させていく、人を減らす部門と増やす部門のメリハリをしっかりつけること
によって、人材の適正配置がさらに進むところかと思っている。しかし大方の皆
さんはあれもしてほしいこれも進めてほしいと、打出の小槌を手にいれるがごと
くのメリット論を想像している節がある。確かに、財政的に健全になれば、自由
裁量部分も膨らみ、いろんな要望にも答えられる力が増すだろうが、現在の税収
状況や国際競争力を考えると、きっと現状維持が精一杯のような感じがする。
合併に寄りかかってしまうのではなく、良い変革を進める為の道具として合併を
利用し、折角大きく変われるチャンスなのだから、郡民みんなでよりメリットが
感じられるルール作りを話し合ったら、それこそが目に見えるメリットになるは
ずだ。その具体的に話し合うたたき台として、「是」となった場合の「新市建設
計画」が重要になってくる。その計画をもとにして、大いに議論していただきた
い。                               O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月28日00時08分
8月23日

9月11日が近づいてきた。昨年の9月11日、地元春日町出身のオペラ歌手、
足立さつきの地元コンサートが7年ぶりに春日文化ホールで行われ、足立さつき
後援会の会長を仰せつかっている事もあって、後片付けや打ち上げですっかり遅
くなり、帰宅が夜中になった。家内が未だ起きていて、ニューヨークが大変だと
いう。それから暫くは火薬臭い動きが続き、日本も何故かそわそわした雰囲気に
包まれた。
アメリカのアフガンに対する報復など一定の行動は理解できるが、最近イラクへ
の厳しい対応が注目されている。査察受け入れに対するイラクの態度が不透明な
ので世界中が強い不信感を抱いているのだが、それにしてもアメリカの憎しみと
も感じられる激しい敵対意識にはよくわからない部分がある。
最近のアメリカはブッシュ政権になってから、京都議定書やCTBTからの脱退、
前述のイラク、北朝鮮などへの対立姿勢、今月26日からヨハネスブルグで行な
われる「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(環境開発サミット)にも「テ
ロ対策、経済対策に専念する」との理由で欠席。
ニューヨークテロは確かに悲惨な事件だったが、ブッシュ政権はそのテロ事件を
盾にして、偏ったリーダーシップを鼓舞しすぎるように見えて仕方がない。今年
の9月11日でもう一度冷静な議論に注目したい。           O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月23日01時03分

8月22日

NHKで面白い番組を放映していた。「妙案コロシアム」といって、全国から困っ
ている人に対しての解決策を募集する番組で、今回は「シャッター通りに客を呼
べ」と題して、元気がなくなった商店街の店主達とその商店街に買い物に行かな
くなった主婦達、そして商店街の問題点をいろんなアイデアで解決する全国各地
の商店街の代表者が登場した。
テレビに出ていた商店街の現在抱えている問題点のベスト3は
1、駐車場がない   
2、客が入りづらい店が多い  
3、シャッターがしまっている店が多くあって活気が出ない
この3点に対しての全国からの解決策は、
1に対しては、ファックスサービスでほしい商品を無料配達して、客と商店街の
       距離を縮める
2に対しては、近くの幼稚園や小学校に協力を依頼して、子供達の書いた絵を各
       商店の前に額に入れて飾り、親子そろって見に来てもらう。どこ
       に誰の絵が飾ってあるかはわからないので、見に来た家族は商店
       街の中をうろうろして自分の子供の絵を捜し、結果的に商店街が
       賑やかになるという作戦
3に対しては、商店街の中で共同で欠けた業種の店舗を運営していく、共同経営
       方式を導入する
ざっとこんな答えで神奈川県内にある、番組に登場している商店街に活気を取り
戻してもらおうと番組は進んだ。
特に興味があったのは、スーパーや大型量販店のように気軽に店に入れる雰囲気
が商店街の店には欠けていて、一度入れば、何か買わないと出られないという気
にさせてしまう。そのイメージを打破するのに、商店街であらかじめ打ち合わせ
をして、消費者の中からモニターを何人か選び、商店街の代表者に案内してもらっ
て、商店街視察ツアーを計画する。ある店では試飲や試食、ある店では他の同業
者には無い特徴を聞いたりする。またモニターからはその店に対する辛口の感想
を率直に出してもらい、今後の改善に役立ててもらう。このアイデアは結構イン
パクトがあった。
折りしも、今日の午後、氷上郡内のある地区の区長さんや若手の代表と土木事務
所の皆さんとで道路整備の会議を行い、途中から村おこしについての話題になっ
たが、どんな方向で村を活性化していいのか知恵が湧かないという悩みに対して、
案外住んでいる我々よりも外部からその村を見ている人のほうが、その地域の魅
力をストレートに指摘してくれるのではないか、外からの意見を聞く方法を検討
したほうが、早く的確な情報を得られて、目標が立てやすいのではないかとアド
バイスしたのだが、先ほどの商店街の辛口モニターツアーはまさしく外からの的
確な情報源だろう。同じ店で長く商売していると、たまった埃(ほこり)が誇り
に見えてしまう。                       O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月23日01時02分

8月21日

夜遅く電話がかかってきて受話器を取ると、しこたま酔った男が何かがなりたて
ている。何かなとよく聞いていると、なんと大学時代のマンドリンクラブの仲間
が大阪の堂島あたりに集まって飲んでいるとの事。私の同級生で西宮出身の本岡
幸彦(ギター担当)が数年前から勤め先である保険会社の関係でニューヨーク勤
務になっているのは知っていたが、今回国内の用事も兼ねて1週間帰国していて、
急遽最寄のクラブ仲間を集めて同窓会を開いているらしい。そういえば、2〜3
日前にそのような誘いの葉書を送ってきてたなと思いだした。生憎地元の行事と
重なって参加できない旨を伝えていたが、かなりの大騒ぎの様子だった。
同窓会には中学、高校、そして大学と様々な組み合わせがあるが、メンバーがもっ
とも広範囲に散らばっているだけに、大学の同窓会は縁が薄い。それだけに年賀
状くらいしか消息を知る手立ては無く、また家内も同じマンドリンクラブの同級
生だけにその電話は延々と繋がったまま、近況報告会となった。一瞬にして20
数年前にタイムスリップして暫しの学生気分に浸ったが、電話の向こうにいる連
中は私の現在の仕事がどうしても想像できないようだ。そりゃあ大学時代のこと
ゆえ、今から思えば若気の至りで赤面したり無茶をしたこともあった。しかしそ
れがいつまでも心地良い感触で記憶に残っているのは、それが純粋な気持ちから
の行動ばかりだったからだと思う。その時に共に苦労した仲間と当時を語り合え
ば、それこそ酒だけあれば、肴はいらない。その時の価値観がその後、JCの活
動や高校の同窓会、最近では議会や当局との関係、自民党青年局青年部活動につ
ながっている。純な気持ちを肴に酒が飲める幸せで人生の値打ちが測れるような
気がする長電話だった。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月23日01時01分

8月20日

6月1日より道路交通法が改正されて約2ヶ月。今回は特に飲酒運転に対する罰
則規定が厳しくなり、違反点数、罰金ともに大幅にアップした。また酒気帯びの
基準値が引き下げられ、わずかの飲酒でも酒気帯びとして罰せられるようになり、
場合によっては、免許取り消しと同時に罰金30万円なんて、とんでもない通知
を受け取る事になるケースが出てきているようだ。
都会と違って郡部では交通網の整備が遅れていて自動車に頼らなければならない
事情や、付き合いの中で飲酒が付いてまわり、否応なしに飲まなければならない
土地柄という言葉も沢山聞く。法律で決める側はいくらでも厳しくして、取り締
まればいいけれど、こちらの都合も考えてくれと情に訴える人も多く現れた。
全国で約9000人、兵庫県だけでも年間300人の尊い命が交通事故で亡くなっ
て現実を考えると、運転に関するマナー低下やルール違反を簡単に許すわけには
いかない。我々は歩いたり、自転車などで移動していた時代のことを思えばどれ
だけ効率的な活動範囲を手にいれたかを考える時、その代償としての僅かな不自
由さは致し方ないものと思わなければならないし、自動車という便利さを享受す
ることに慣れてしまって、相反する危険性や人命の尊さが更に軽視されている事
に気づかなければならない。
最近のパーティーや宴会には必ずバスの確保を条件にする計画が当たり前になっ
てきたように、今回の法律改正を契機に、今までの慣習やなあなあの行動パター
ンが良い改革の方向に進むことを願っている。            O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月23日00時59分
8月19日

NHKの大河ドラマ「利家とまつ」を今年は一回も欠かさず毎週見ていることは、
この日記でもいろんな会場での挨拶の中でも伝えている通りだ。日曜8時に家に
居ない時は家内にビデオ録画を頼んで、帰宅してから鑑賞している。特に、豊臣
秀吉の処世術に対して、頑なに人の道、道理を大切にする前田利家のものの考え
方に興味があり、時には共感を覚えながら楽しんでいるのだが、前から疑問に感
じている場面がいよいよ昨日登場した。
実は、道理を大切にしている利家だが、信長、秀吉、家康の3人の参謀として仕
える事となる。信長の下で秀吉、柴田勝家等と行動を共にしていた時期から、勝
家には「親父様」と呼んで親子同然の付き合いをし、秀吉とは「金蘭の友」とし
て兄弟のような付き合いを保っている。さて、本能寺の変の後、明智光秀が亡く
なり、信長の後継を巡って秀吉が動き出し、柴田勝家も同様の考えから秀吉とぶ
つかる時、道理を重んじる利家は勿論勝家を重きにおいて行動する事は容易に想
像できるが、いかなる判断にて秀吉側に加勢する事となったのか、この部分が1
月の放送開始以来ずっと気になっていた。
18日の放送では、柴田勝家と共に秀吉に立ち向かい、玉砕するも止む無しと考
えた利家に対し、側近達や妻「まつ」は、男の面子(メンツ)を重んじて前田家
滅亡の道を歩むより、秀吉と手を組み、国家安泰の一翼を担うことこそが、大き
く国の為、民の為ではないのか、それこそが大将としての道理だと説いた。
苦しいながらも決心した利家は、それならばと秀吉軍に加わり、先頭を切って勝
家総攻撃に突進する。
苦渋の選択という言葉があるが、利家の揺れる心と苦しい決断は理解できる。し
かし、もし自分ならば、果たしてそこまで決断できるのかどうか、ましてや先頭
に立って、自らの手で勝家の首を、とまで腹がくくれるのか、考えさせられる45分間
だった。                              O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月21日01時05分

8月18日

「シフトアップかすが」のホームページがいよいよ動きかけた。インターネット
機能をフルに使って春日町を全国に売り込んでいこうといろんな議論を重ね、そ
の動きをNHKが注目し、中心人物である小橋昭彦君を基本軸に取材を続けてき
た経緯があるユニークな試みだ。実は昨日(8月17日)のNHKスペシャル
「変革の世紀」の中にもこのシフトアップかすがの活動が紹介され、春日町にとっ
て大きなコマーシャルになった。その番組が終了した直後、夜10時頃からホー
ムページ「田舎TV]がスタートした。
ただ、春日町の特産品をネット上で売ろうというのなら、どこにでもあるネット
販売なのだが、この「田舎TV]は誰もが心の中に持っている「ふるさと」の良
さをこの春日町の中に見つけ出してもらおうというコンセプトだ。定期的にメー
ルの便りを送るのは「おばあちゃん」。都会へ出ている貴方に祭りのこととか、
秋の味覚、松茸の出来具合なんかをメールで知らせてくれる。ふるさとにいるお
ばあちゃんからの便りを受け取りたいみなさんは是非下記のホームページにアク
セスして、メール登録してください。因みに、先日夜10時から始まった登録受
付に今日の夕方までで、実に120件の登録があった。恐るべきインターネット
網の威力、正直たまげた。これからの充実ぶりが楽しみだ。 O


「田舎TV]のアドレス  http://www.inaka.tv



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月21日01時04分
8月17日


先日新聞で、2001年度の不登校の小中学生がこの10年間で倍増の13万9
千人に上ったことを報じていた。小学生が2万65百人に対し、中学生は11万
2千人、中学生は1クラスに1人の割合となっていて、非常に深刻な問題となっ
ている。私の周辺でも不登校や自分の子供に関係する問題で相談に来られる人が
多くなった。
私の学生時代を振り返っても今の子供達とそう変わらず、同じように学校へ行く
のが嫌な時があった。友達関係で悩んだり、勉強で行き詰まったり、遊びの誘惑
に負けそうになったり、今から思えば何でもないような問題をこの世の終わりの
ような深刻さであれこれ悩んでいた記憶がある。しかし、学校へ行かなければ何
も出来ない、友達とも出会えない、次の学校へも進めない、第一かっこ悪いなど
自分なりにプレッシャーがかなりかかってその苦しみを我慢しながら乗り越えて
いったような気がする。今の子供達と違っているところがあるとすれば、その部
分ではないだろうか。
今は学校へ行かなくても、先生が来てくれて時には勉強も教えてくれる。楽しく
遊ぶ方法は家の中や町中にいくらでもある。近所の人も無関心で学校に行ってい
る時間帯でもそれほど気にしない。第一、親も先生も嫌なら無理をしなくていい
と言う。だから、少し気にいらない事があったり、面白くなかったり、いじめら
れたりすると簡単に休んでしまう。
確かに子供と言えども人権があり、それなりの悩んでいる気持ちは尊重すべきな
のはよくわかっているが、あまりにも我慢や辛抱という言葉を忘れてしまいすぎ
ているのではないのか。13万9千人という数字の中で甘えが過ぎてカウントさ
れている数がかなり多いような感じがする。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月21日01時03分

8月16日

以前、若手経営者の集まりで、経営者と従業員との考え方で議論となり、ある人
が人事、特にリストラを考える時には情けは絶対禁物だという意見を言ったので、
思わず反論を述べたことがある。その時の論旨はこうだった。

確かに経済という波に乗りながらビジネスをしているわけだから、良い時期、悪
い時期があるのは当然だ。良い時期にはもっと人手がほしいと社員を雇い入れ、
生産性を高める。しかし程なく景気の波は下降局面に移り、余分な社員は邪魔に
なり、解雇したいと思うのも理解できる。しかし経営者としてそう簡単に決断し
ていいものかどうか。
雇う社員は言わば自分の手足と同じではないだろうか。忙しい時には沢山の手足
があればそれは助かるし、仕事も数多くこなせる。しかし時代が変わり、いらな
くなったからといって自分で自分の手足が切れるのか、それだけの痛みと恐怖に
耐えられるか。社員を雇い入れる場合はそんな気概で決断しないとお互いの信頼
も築けないし、安易なリストラはその会社自身の大切な部分まで削ぎ落としてし
まう。

先日、京セラの稲盛和夫名誉会長が朝日新聞で「製造道」という持論を述べてい
た。ものづくりの大切さを説いた言葉だったが、記者がアメリカがソフト産業や
バイオ産業に力を入れようとしても尚ものづくりか?という質問に、稲盛会長は、
「狩猟民族で個人主義が強い欧米は独創性を競うが、農耕民族で集団主義の日本
はそれを嫌い、むしろ今ある技術を地道な改良で高める方に向いている。お茶や
お花でその「道」を極めるように、ものづくりもこつこつと精度を高める「製造
道」を目指すべきだ。」その観点から安易なリストラは経営者のモラルハザード
だと言い切っている。同感だ。                  O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月21日01時02分

8月15日

終戦記念日の今日、記念の行事があちこちで催され、改めて戦争の悲惨さ、平和
の尊さを再認識する貴重な一日である。先日、テレビで高倉健主演の「蛍」を家
内と二人で見てボロボロになり、ティッシュの取り合いになった。知覧から飛び
立つ若者の気持ちを考える時、その愛国心に裏打ちされた潔さと無念さは想像を
絶する。10数年前、JCが主催した町おこし講演会で茨城県出身の萩原茂祐さ
んが野沢菜がどうして全国的ブランドになったか、北海道の十勝ワインの誕生秘
話などを話された時に知覧町の話も登場し、私はその時初めて知覧という地名を
知った。知覧に建てられた「特攻記念館」を訪れた人はどんな若い年代だろうと
あの飛び立っていった特攻兵士の遺書は絶対最後まで読む事はできないと萩原さ
んは言い切ったのを今でも強烈な印象で覚えている。それ以来「知覧」という響
きを聞くと心が微妙に反応するようになった。残念ながら未だ訪れる機会に恵ま
れていないのだが、早い機会にそのチャンスを作りたい。
この「特攻隊」を最初に考え出した「海軍中将 大西瀧次郎」は我が氷上郡青垣
町の出身というのも何かの縁かもしれない。                
   O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月21日01時02分

8月14日

国や自治体が深刻な財政難に陥っている現状を少しでも打破しようと、カジノ導
入の論議が活発になってきた。東京都の石原知事は導入を強く叫んでいる代表者
だろう。現在でも大都市の隠れた地域で何がしかの賭博は常習的に行われており、
それが合法的でないばかりに、動く金は全てアングラマネーとなってしまい、な
んら社会貢献しない金になってしまう。そうした金や賭博を正式な場所へ集約し
て、社会的に認知された娯楽行為として認めたほうがよほど世のためになるとい
うのが、大筋の意見だろう。これに対して反対する意見もこれまた多く、また強
く聞かれる。先日も我が兵庫県の井戸知事はカジノ導入に対して、否定的なコメ
ントを出し、注目された。風紀上の問題が大きい理由だろうが、その意味合いは
理解できる。
カジノを導入する場合のチェック項目をあらゆる角度から規定し、組織悪の中枢
設備にならない工夫が求められる。その為には、制度導入に関しての目的の明確
化(財源確保では説得力に欠ける、行政側だけの論理で住民からの賛同は得られ
にくいと考える)、公共では先ずノウハウが無理だろうし、賭博行為である以上
純民間にまかせるのも良いとはいえない。官設民営のように、事業主体は公共だ
が、厳しい規制と許認可のもとで民間に運営をまかせるというような新しい仕組
みづくりを考えださないと導入する社会的意義は担保されないし、最も心配され
る金の流れをいかに情報公開するかで、カジノに対する信用度が決る。これらの
ハードルを全てクリアしない限り私もカジノ導入には慎重であるべきだと思う。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月21日00時58分

8月13日

田中真紀子前外相が辞任して、衆議院新潟5区の補欠選挙の候補者選定で連日マ
スコミが面白おかしく報道している。田中氏の息子、雄一郎さんははっきりと出
馬の意思が無いことを公言していて、なかなか気骨のある感じを受けて好印象だ。
今、自民党の若手、全国青年局青年部組織で自民党改革推進を叫んでいるが、そ
の具体的提案として、予備選挙制度導入を訴えている。ある選挙区で議員選挙に
出たいと思っている保守系の人が複数いて調整が付かない場合、そのまま選挙に
突入すれば票がバラけて共倒れになる可能性が高いので、先ず党派内で予備の選
挙を実施して候補者を一本に絞り、本選で戦うという仕組みだ。
現在の候補者選定は現職優先となっていて、もしその現職が引退される場合はそ
の後継者、大方は身内の子供か兄弟に後継指名して強い後援会の支持で能力があ
ろうとなかろうと当選してしまう。優秀な人に後継指名されるなら問題ないのだ
が、時には只親が議員をしていたから子供も同じ道を・・というのはいただけな
い。そこで、その仕事を本当に頑張ってやろうと志を高く持っている人にもチャ
ンスを与えようと予備選挙の導入を呼びかけているのだ。今まで東北や関東で実
際に導入した事例がある。問題は党派の中での予備選挙だけに客観的な判断が行
われるかどうかが心配だが、人物本位で選ぼうという雰囲気が盛り上がっている
時だけに、有効な選択肢だと思う。                 △


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月16日19時54分
8月12日

氷上郡の北部に位置する青垣町の元町長、平岩慎吾さんが亡くなった。肺がんだっ
たようだが、80歳の生涯はまことに早すぎる。
1993年、私がひかみ青年会議所の理事長を拝命して、氷上郡合併運動をより
強力に真正面から取り組もうと1年間走り回った事がある。東京から政治評論家
の福岡政行さんを呼んで、地方分権推進フォーラムを開催したり、合併したら氷
上郡全体で5億円もの行政経費削減になりますと大きく書いたチラシを全戸折込
配布したり、今から思えば若気の至りだったかなあと赤面するようなこともして
きたが、その当時はひたすら純粋で真っ直ぐだった。
その当時、ある会合で現職だった平岩町長と出会った際に、「頑張って合併運動
をやっとるが、もうちょっと勉強してやらんかい。」と静かだが迫力ある低音で
指導していただいた。こちらも血気盛んな頃で、「いろいろ調べて発言している
つもりなんですが、まだまだ資料不足です。一度町長さん方と懇談会をさせても
らえませんか?」と食らいついていって、ギッと睨まれたのをよく覚えている。
結局懇談会は実現しなかったが、それ以来、出会うたびに、「オイ、ちょっと来
い」と呼ばれて、こちょこちょっと青年会議所に対する自分の意見や活動に対す
る感想を聞かせていただいた。本人はどんなつもりだったかわからないが、私は
今でもしっかり頑張らんかいと励ましてもらったと思っている。合併問題がいよ
いよ佳境に入ってきたが、もう少し、氷上郡の行方を見守ってほしかった。O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月16日19時53分
8月11日

昨日のベンチャー企業の話に関連して、PHSの話題が出ていた。携帯電話より
も安く利用できるとの魅力でPHSが都会を中心にもてはやされた時期があった
が、残念ながら今や携帯電話の相次ぐ利用料金引き下げで瀕死の重傷だった。と
ころが、最近のインターネットブームでまた脚光を浴びている。つまり喋る電話
機能としてはだめだったが、「エアエッジ」といって、インターネットに接続す
る時に、パソコンの本体の中にPHSの電話機能を内蔵させていて、PHSの電
波が届くところであれば、電話線を繋がなくてもインターネットや電子メールが
利用できるというサービスが人気を集め、契約者が増えているという。つまり、
音声通信ではNTTなどに惨敗したが、無線データ通信という新しいニーズでは
十分勝ち組に入ったのだ。また「PHSの電波は携帯電話に比べて医療用電気機器
への影響が小さい」との理由から病院内でのPHS使用が増えていて、今年県立
柏原病院でもナースコールがPHS端末に連動するシステムを導入することが決
定している。
一度は元気が無くなった商品やシステムでも利用できる分野をもう一度再点検し
たり、新しい発想で応用させたりすることによって、再び活気を取り戻すことが
できれば、こんな痛快なことはない。特に元気が出ない郡部や斜陽産業といわれ
ている分野にこそチャンスは隠れていると信じて面白い発想をどんどん提案して
いきたい。 O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月16日19時51分
8月10日

日にちが進むにつれて景気がより厳しくなっていく感じがする。政府が底打ち宣
言を出したのが白々しく思うと日記にも書いたが、いろんな業種のみなさんから
話を聞くと、末期的状態のような深刻さが伝わってくる。特に優秀なものづくり
企業として高い評価を受けてきた会社ほど、中国など東南アジアにその拠点を奪
われたダメージはかなり大きい。良いものを少量で高精度で、尚且つ短期間で安
く供給する、それが完全に東南アジアに取って代わられようとしている。勤勉な
上に1ヶ月1万円足らずという賃金体系では、もはや日本は中国にとってものの
数ではないのか。数年前に中国のある政府要人が、オーストラリアの政府高官に、
「日本はもう数十年先には消えてなくなる国ですから。」と言ったとか。
しかしマイナス面ばかり見て落胆していても前には進めない。新しい分野に積極
的に取り組んで、世界をリードする推進エンジンをより多く確保しなければなら
ない。例えば携帯電話など次世代通信分野、環境対策の分野、ナノテクノロジー
を駆使したITや医療の分野など世界中が課題として注目している成長可能なテー
マはいくらでもあるし、良い成果を上げられる力を持った優秀な技術者も日本国
内には沢山いるはずだ。その人たちに今以上に力を発揮してもらう為には、その
可能性を適切に評価してあげることが大切だろう。
今までの日本は土地や金融資産を持っていないと信用されない「担保評価制度」
が根強く残っていて、アイデアや意欲はあまり高く評価されない風潮があった。
従って優秀だけれど資金力のない技術者はみんなアメリカやヨーロッパに出て行っ
て活動する。こんな厳しい経済環境だからこそ、10年20年先に機関車として
日本経済を引っ張って行ってくれるベンチャー企業の若い芽を大事にしなければ
ならない。
今日の朝日新聞の特集版に、東大大学院の博士課程を修了して東芝に入社し、4
4歳で独立して、IT関連の会社を興し、液晶パネルに画像を映し出すLSIの
世界でシェア8割を確保しているザインエレクトロニクスの飯塚哲哉さんが載っ
ていた。「今は大きな変化の時代で誰もが進むべき方向がわからない。だからこ
そいち早く最適な回答を出し、それに沿う産業をすばやく立ち上げなければなら
ない。人の入れ替わりが少ない日本の大企業では過去の成功体験に縛られやすく、
新しい発想も限定される。だからベンチャー企業が断然有利になる。
しかし今、日本ではベンチャー企業が育ちにくい。それは何故か?
先ず、起業家を尊ぶ文化がない。何故無いかと言えば、成功例がないから。何故
成功例が無いかと言えば、リスクマネーもリスクを取る人もいないから。何故い
ないかといえば、文化がないから。」結局堂々めぐりだと飯塚さんは言う。
成功した実例がないと動かない国が日本だとも言う。
ぼやいていても仕方がない。新しい発想を評価できる国になることを目指して動
き回ろう。                             O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月16日11時54分
8月9日

今日田中真紀子衆議院議員が議員辞職願を議長に提出し、許可された。これで
暫くは田中真紀子という人の今までの功罪がマスコミで取り上げられ、後継者も
含め、賑やかに報道されるだろう。
政治というものに国民の目を向けさせた功労者は沢山いるが、少し前では細川護
煕、そして最近では小泉純一郎と田中真紀子の功績が実に大きい。田中さんなん
かあれだけ言いたいことを遠慮なく言い放って議員活動ができるのだから、それ
なりの実力を充分持ち合わせているのだろうが、私から見るとお囃子のように思
えて仕方がない。確かに賑やかで華々しいが、その実(じつ)は一体どこにある
のか、この人の目指すところの真意はどこなのかよくわからなかった。勿論実際
に会って話したことも無いわけだから、軽々なことは言えないが、本当の地に足
のついた仕事なんて、もっと地味で目立たないことが大半なのだが、あの人は人
の目に触れるところを最も大切な部分として捉える価値観で動いているように見
える。
オーケストラの指揮者の話をよく引き合いに出すことがある。オーケストラの指
揮者は、演奏会の当日、観客の前でお辞儀をして淡々とタクトを振り出す。
かっこいいなあと観客は華麗な指揮ぶりに見惚れて、中には「あれぐらいの指揮
だったら俺でもできるんじゃないかな」なんて言いだす人もある。
しかし指揮者の本当の仕事は、事前の練習で演奏者と曲についての考え方、細部
に渡っての演奏方法、表現方法など事細かく打ち合わせを重ね、時には怒鳴りあ
い、対立しあい、また一緒に酒も酌み交わしながら、お互いの人間性をぶつけあっ
て曲の完成に向かって心を一つにまとめ上げていくところにある。その積み重ね
が本番当日の演奏になっていくわけで、その日には指揮者と演奏者はアイコンタ
クト(目と目で心を通じ合わせる)で充分事が運ぶまでに意思疎通が図れている。
しかし観客の中には「なんだ、ひょこひょこと舞台の袖から出てきて、かっこよ
くタクトを振っているだけじゃないか、あれくらいなら・・・」と指揮者をただ
リズムを刻むだけの役割と勘違いしている人がかなりいるのも事実だ。それだけ
に指揮者には音楽に対する知識や能力は勿論、人間的な魅力や統率力、リーダー
シップなど組織の長としての実力がかね備わっていないと務まらない。
話が横に逸れたが、田中真紀子さんは、私の感じからすると、何も練習したりみ
んなと腹を割って話たりしないで、いきなり指揮台に上って、「さあしっかり演奏せん
かい」と怒鳴っているような印象に感じてしまう。見ている人はその派手な指揮
ぶりを見て「わあ、素敵。かっこいい。」なんて評価をしているけれど、本当に
音楽を知っている人、そして演奏している人の評価は全く違っているのだ。さて、
これはあくまでも私見ですがみなさんの見方はどうでしょうか。   O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月16日11時52分
8月8日

今日から立秋、そして甲子園での高校野球が始まった。
高校スポーツは他にもいろいろあるんだけれど、どうしても野球が気になるのは、
朝日新聞のコマーシャルにまんまとノッテいるせいだろうか。毎日出歩いている
為にゆっくり試合観戦することはできないが、どうしても見たい、というか聞き
たい部分がある。それは、決勝戦の後に閉会式が行われるが、その中で牧野高野
連会長が総評を述べられる。「今回はどこ対どこの試合が良かった」とかいろい
ろ感想を言われた後に、「優勝したOO高校の諸君、優勝おめでとう。よく頑張っ
た。」ここまでは、何ともない。その後、「優勝こそ逃したけれど、OO高校の
選手諸君の健闘は大変すばらしかった。どうか胸を張って、郷里に帰ってくださ
い。」この場面でいつも決ってうるうるしてしまう。会場から準優勝のチームに
激励の拍手が送られる時などもうどうしようもなくグジュグジュ状態だ。何故か
自分でもわからないし、いつからこうなったのかもわからない。
開会式の大会会長や牧野会長、来賓の挨拶を聞きながら、閉会式の日にちが何時
頃になるか、今からそわそわしている。                O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日23時19分

8月7日

久しぶりに自民党青年局青年部の執行部会議が神戸の自民党県連本部で開催され、
7月13日の自民党県連大会で3度目の青年局長を承認いただいてから初めての会
議となった。
本年度は来年4月の統一地方選挙を控え、前年のような活動はできないが、それ
でも過去3年連続で優秀事業賞の全国表彰を受けているだけに、どうせ企画する
なら4年連続表彰を狙おうではないかとのよこしまな(?)発想で秋にイベント
を予定する方向で話がまとまった。
それぞれ自分の仕事を持ちながら青年局青年部活動を頑張ってくれているメンバー
だけに、企画を組む度に申し訳なく思うのだが、どうせやるなら思い切り手を抜
かず、納得できる事業にと、つい気色ばんでしまうし、執行部のメンバーも忙し
いとか何とか理由はつけるものの、私以上にノリが良い性格で、最後はこちらが
引っ張られるほどの結束力で3年間の事業を成功に導いてくれた。今回もきっと
兵庫県連青年局青年部の歴史に残るすばらしい事業を全国大会に報告できそうだ。
みんなの一致した推薦で選ばれた山本稔実行委員長(神戸市兵庫区)と松田太一
副実行委員長(三田市)のユニークな具体案に期待しようと思っている。詳細は
今のところ、丸秘です。                      △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日23時19分

8月6日

今日から明日にかけて、平成14年度における県事業の進捗状況報告が行われ、
県議会は会派別にそれに対する質問や意見交換を行う政調会が開かれた。
本会議が閉会中とあって議員全員の出席とはいかないが、自分にとって気にかか
る事業に対しては部局別の説明時間に合わせて参加し、それぞれの立場から当局
に質問や要望、提案を行う。企画管理部から始まって、県民生活、産業労働、農
林水産、県土整備、企業庁、教育委員会、警察本部、病院局などそれぞれの部局
ごとの説明となるため、2日間でも全く時間が足らず、議論不足の場合は後日個
別に出会い、議論を続けて今後の事業推進の指針に活用したり、来年度の政策に
反映したりする。
今回、鈴木宗男議員の外務省問題で、議員と行政の関係がいろいろ取り沙汰され
ているが、基本的に議会なり議員が有権者のいろんな意見を集約し、行政が行う
政策の立案なり事業推進に反映させていく事こそが本来の仕事だと思っている。
また、行政が行う政策や事業を有権者にわかり易く伝えることも重要な仕事の一
つだと思う。その観点で言えば、議員と行政は常に情報を共有し、事あるごとに
議論を戦わせ、行政は執行者の立場から、議員は有権者や議決者の立場からその
納得できる結論を導く作業が大切だ。一部の国会議員から、今後一切議員は行政
に対して関与しないようにしたらどうかなんて提案が出されたような報道があっ
たが、一体何を考えてそんな軽々な発言をしたのか、常識を疑う。
確かに、鈴木宗男議員の言動は厳しく反省すべき内容だが、これは方法論の問題
であって、基本的な関係論の問題ではない。鈴木宗男議員に良識なり、公的な価
値基準が確立しておれば、あんな一連の不祥事には繋がらなかったものと思う。
国会にしても、地方議員にしても、大多数の議員は本当に身を粉にして、より良
い日本の実現を夢見てこれまた同じ夢を見ている行政の執行者達と熱い議論を戦
わしているのに、ほんの一部の不心得議員の言動で真意がかき消される事に大き
な憤りを感じる。厳しい意見が飛び交う2日間の政調会を是非ご覧いただきたい
とさえ思う日々が続く。                       O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日23時18分
8月5日

今日、県庁の本会議場を使って、日本青年会議所兵庫ブロック協議会主催の子供
県議会が開催され、兵庫県各地から中学2年、3年の生徒が本会議場に集まり、
子供達の目で感じた兵庫県内の様々な質問を発表し、井戸知事はじめ、県当局の
答弁を熱心に聞いた。
今回は県民局別に地区割りして質問者を決め、合計10グループの中学生が質問
席に立った。以前から感じている事だが、発言者は皆さん堂々としていて、自分
の意見をはっきり物怖じせず述べている。最近の文部科学省の教育指導要領でも
「自ら考える力を養う」とか、「自分の意見を率直に述べる力」とか目標をよく
耳にするが、自分自身の主張する能力は確実に昔を上回っているように感じる。

ある人が書いていたが、外国の企業に勤める時、上司は自分に「サラリーはいく
らほしい?」と聞く。日本人であるその人はあまり高く言うのも気が引けて「い
くらでもいいです。」と答える。すると上司は少し怪訝(けげん)な顔をした後、
大体予想していた金額の6割程度を提示してどうかと聞く。彼は金額の事でもめ
たくないので「それでいいです」と返事して交渉成立。しかし日本人である為、
人一倍真面目に働くし、他の人以上に成績も伸ばす。ある日、同僚から、「お前
サラリーは一体どれだけもらっているのか?」と聞かれるので、そのまま正直に
上司とのやり取りを説明しながら、自分の金額を同僚に伝える。するとそれ以後
同僚の彼に対する評価は格段に下がってしまった。何故か?自分のしている仕事
の値打ちを自分で正しく評価できない、そんな奴は仕事ができる、できない以上
にダメな奴というのが、アメリカ的な考え方なのだそうだ。確かにそんな人が自
分の上司になった時、部下に対して適切な評価をしてくれるかどうかわからない、
そんな意味も込められているのかもしれない。
日本国内だけで生活している分には従来通りで良いのかもしれないが、国際的に
動き回ろうとする若い世代にとっては、良い意味の自己主張する能力は大いに伸
ばすべきだと思った。                      O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日23時17分
8月4日

「スポーツクラブ21ふなき」(通称 友遊クラブ)のクラブハウスが完成し、
今日船城小学校内で竣工式が行われた。
私が平成11年6月、県議会議員に就任して初めて審議したのが、このスポーツ
クラブ21事業だった。平成14年度から導入される「週5日制」の対応、子供
達に対する地域の関わり、高齢者と子供達、そして地区住民の健康維持、いろん
な課題を解決する手段として県の教育委員会が提案した。その財源は資本金5億
円以上の大企業から徴収している法人県民税の超過課税が当てられる。その資金
130億円。今までは子供達の健全育成のための施設整備(CSR事業)に使わ
れていて、丹波地域でいえば、柏原町にある丹波年輪の里がその関連施設であり、
同じ法人県民税の超過課税で整備された。今回は各小学校単位で、会員制のスポー
ツクラブを設立していただいて、全県的に、また様々な世代を超えて共に健康維
持を図ろうという狙いがある。この5年間で兵庫県下837地域全ての小学校地
区での設立を予定している。
初めての試みなので、地域の皆さんが少し戸惑いながらも、何とか軌道にのせよ
うとご苦労されている感じだ。県からの助成金はとりあえず5年間のみと決まっ
ているので、会員から会費を徴収してのクラブ運営となるが、クラブそのものに
魅力がないと、会員は集まらず、事業も活発に進まないし、会費も集まらない。
要はソフトの問題になってくるだろう。兵庫県内の先進的な事例を紹介しながら、
できるだけの支援をしていきたい。
何故か、竹下内閣の時の1億円創生事業とダブって仕方がない。それぞれのクラ
ブの知恵比べという感じに映ってしまう。              O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日23時17分
8月3日

いよいよ夏祭りが本番を迎える。
毎年丁寧なご招待を受ける氷上町南地区の沼貫(ぬぬぎ)夏祭りと市島町美和地
区の夏祭りの2箇所に家内と浴衣がけでお邪魔した。どちらも20年以上の歴史
があり、地区あげての取り組みだからこそ大いに盛り上がる。バザーや臨時の屋
台は地区の役員さんが総出で世話をされ、舞台の出演者も司会もみんな地元。上
手下手ではなく、自分達の手作りが何より意義深い。
今から11年前、氷上青年会議所が創立20周年を迎え、記念式典と祝賀会の実
行委員長を受けた時、当時の理事長だった宇崎博先輩(本年5月ガンで死去、5
0歳)と相談して、「もてなしの心を大切にしよう」というコンセプトを掲げた。
さて、もてなしの心とは一体何か、それは下手でもいいから自分達の言葉や行動
で皆さんを迎えることだ、できることは全て自分達でやろうということになり、
式典会場となった春日町文化ホールの裏に大きなテントを張り、あまごを焼くこ
んろや春の野草のてんぷらを揚げる鍋、去年冷凍しておいた松茸での炊き込みご
飯など料飲組合などに頼めば何でもなかった料理を自分達素人で用意して調理し
た。揚げ物は揚げたてを、焼き物は焼きたてを、などとこうざいを言いながら約
300人近い来賓に素人料理を出した思い出がある。丁度その日、貝原前知事も
遊農園竣工式で春日入りされており、会場に奥様と来て頂いて我々の手作りの料
理を食べていただいた。今から思えば赤面の至りだが、当時共に苦労した仲間と
は一緒に飲むたびにその話題が肴になる。
自分達の手作りとは、出される受け手の人たちの為ではなく、実は仕掛けをして
いる自分達の為のものなのかもしれない。              △

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日23時15分
8月2日

先日から県議会の総務常任委員会の管内調査で姫路、赤穂、作用郡、宍粟郡、神
崎郡など西播地区を一泊二日で訪れている。総務(委)だから県民局の調査が中
心になるが、最寄の市町が進めている地域振興事業なども同時に視察する。今回
は姫路市の男女共同参画推進センター「イーグレひめじ」、市川町文化センター
千草町の保健福祉センター兼国民健康保険診療所「エーガイヤちぐさ」、そして
波賀町役場とこの数年間で整備された各施設を詳しい説明を受けながら調査させ
てもらった。
圧巻だったのは、波賀町役場。波賀町自体が木材生産に力を入れていることもあっ
て、庁舎を地元の杉を中心にした木造建築で建設している。玄関を入るなり、杉
の良い香りが漂ってくる。中央のウッドホールは2層吹き抜けになっており、山
里の民家のように、木材の木組みがそのままデザインとして生かされている。木
材関係の仕事をしている私としては、まことに見ごたえのある構造物だった。
この他千草町の健康福祉センター「エーガイヤちぐさ」、7月31日に竣工式を
迎えた西播磨県民局総合庁舎などいたるところにふんだんに地元産の木材が使用
されており、山どころ西播の木材利用に対する一方ならぬ意気込みが強く感じら
れた。
丹波の森構想が提唱されて12年、具体的な取り組みがもっと強調されてしかる
べきとの声が強い中で、丹波産木材の積極的な活用促進を叫んでいる私にとって
は大いに刺激的な視察だった。                   O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日14時57分

8月1日

今日のニュースで日本の平均寿命がまた世界一を更新し、女性85歳、男性78
歳となったと報道していた。私はまだ30年近く生きられるなあと思いながら、
ちょっと待てよ、後30年かよ、きっと最後の10年くらいは御身大切に過ごさ
なければならないとして、思い通りに動き回れるのは実質20年間位なのではな
いのかと計算してみて、一瞬ドキッとした。
同じニュースの中で、老後にしてみたいことのアンケートを取り、そのベスト5
も公表していた。それによると、第1位は旅行、2位は海外移住、3位は田舎暮
らし、4位は孫の世話、そして5位は店を開く、という順番だった。目一杯働き
詰めた皆さんの回答だと思うがもう第一線を退いたらゆっくりしたいよという気
持ちが伝わってくる。しかし現実にその立場になったらきっとこのベスト5の通
りにはならない、希望が叶わないのじゃなくて、希望はしているけれど、やはり
何かの目標をみつけて、また頑張りだしている人がほとんどではないだろうか。
農耕民族である私達日本人にはバカンスとか遊んで暮らすというDNAはきっと
存在していないように思う。生涯現役で身体を動かしているほうが、かえって健
康が保てるし、精神衛生上好ましい状態が続くような気がする。
昔、アジア大陸で戦争を繰り返していた時代に、戦争をよろしく思わなかった人
種がどんどん東に追い詰められ、海を渡って日本にたどり着き、農耕中心の大和
民族として堅実な繁栄を成就したという説を唱えていた学者がいたが、その説を
尊重すると、好戦的な狩猟民族が大きな獲物をゲットしてその食い物が無くなる
までは長期休息だとバカンスに入るような習性はきっと大和民族は少しも持ち合
わせていないのかもしれない。西洋の習性を真似てどこかで無理が生じ、良くな
い結果に陥るのは面白くない。 O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日14時53分
7月31日

知り合いが入院している為、県立柏原病院に見舞いに行った。丹波地域で柏原病
院は誰もが頼りにしている中核病院となっている。私も交通事故と急性肝炎で2
度長期入院して大変お世話になった。県立看護学校が併設されている為、高校時
代の同級生は勿論、多くの同窓生も勤務していて、親近感もあるが、今回県議会
議員となって県立施設に対しての調査提言する立場となり、柏原病院に対する見
方も変わらざるを得なくなった。
兵庫県内には11の県立病院があり、柏原や淡路のような総合病院や明石の成人
病センターや姫路の循環器病センターのような専門病院などその役割が違う。そ
して経営状態は非常に厳しく、11病院全体で毎年30億円近くの赤字が続いて
おり、その累積赤字は500億円にも達していて、これ以上の採算度外視の運営
は続けられないとの判断から本年4月より、「公営企業法の全部適用」という民
間運営的な手法を取り入れ、今まで以上に採算を意識した病院運営に改革しよう
と動き出した。
只、いつまでも赤字のままで良いとは誰も思わないが、病院である以上採算や効
率性ばかり追求していいのかという議論も出てくる。現に昨年暮れに氷上郡内の
町議会で発足された「柏原病院のあり方検討委員会」で民間的運営導入に対して
の調査研究が行われ、私も県議会で勉強してきたことをお伝えして、調査に協力
してきた。人の命や健康に直接関係する県立施設だけに、今後のバランスがとれ
た改革が望まれる。柏原病院を利用される方々の意見をできるだけ率直にお聞き
してより信頼される総合病院であり続けてもらえるよう応援していきたい。△△


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日14時36分

7月30日

県税が大きく低下している。長期にわたる不況の影響で法人事業税を中心に数百
億の前年比マイナスとなる試算が報告されている。政府は6月時点で景気底入れ
宣言をしたようだが、確かに経済指標は下げ止まったり、若干の改善が見えたり
して、底打ちムードを強調したい気持ちは理解できるが、末端の動きとは相当の
温度差がありすぎて、白々しい報告に聞こえるし、あまり何度もニュースで繰り
返し聞かされるとだんだん腹立たしくなってくる。以前から問題になっている不
良債権が一向に片付いていないし、金融、流通、商慣行など様々な改革が全く手
つかずの状態だし、第一、肝心の政治、行政の改革なんて言っていることはいい
んだけれど、とにかくテンポが遅すぎる。私も議員の端くれでみなさんと同じよ
うにボヤイていてはダメなんだけれど、まどろっこしい事ばかりでイライラして
くる。
以前、県議会のある会議で発言したのだが、そもそも行政は個人の経済活動には
関与しないで自由競争に任せる、あまり深入りすると特定の企業や個人に肩入れ
することになり、公平の原則に反するという発想が根本にあるのではないのか、
だから経済政策や産業育成に関する政策には消極的だったり、反応が鈍かったり
するのではないのかと噛み付いた事がある。勿論当局の答弁はそんな事はない、
新産業育成や既存企業の支援、金融支援を積極的に行っているとソツのないもの
だったが、その割には公的な資金を借りにいってもやんわり断られたり、いろん
な制約で書類作りにうんざりして申請をあきらめたりとか、どうも応援しようと
いう雰囲気ではなく、不審者を排除しよう、だましに来る奴を見破ろうと最初か
ら疑いの目で審査しているような誤解さえ与えてしまうと愚痴る方が多い。確か
に行政の絶大な権限を利用して自分に有利に働かせようとの意図を持つ輩は相当
いるだろうが、真しに頑張っている人との区別をもう少し的確にスムーズに行わ
ないと折角の経済再生の芽を摘んでしまいかねない。そこで我々議員が良い応援
団になるべきなのだが、これまた私的な判断で動いている「鈴木宗男」的な議員
がいるから話はややこしくなる。一刻も早く日本再生を成し遂げる為に、事業者
行政、議員が良い信頼関係で連携をとれば、事はうまくスムーズに進む。信頼関
係がない時は徹底的に動かさなければ良い。そうすれば動かそうと良い変化が生
まれるはずだ。                          O


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年08月12日14時34分

7月29日

「処世術は世阿弥に学べ」ということわざがある。現代まで伝統的芸術として守
り継がれている能の原型を作った室町時代の能楽師世阿弥。その有名な著書に
「風姿花伝」があるが、その内容は今の世の中でも充分通じる内容が多い。
その中の一節に「秘すれば花」というのがある。現代風に訳せば、隠している事
は美しい、という意味だろう。奥ゆかしさが大切だととれる。しかし、今日のN
HKテレビを見ていて、ある解説者は奥ゆかしさを尊ぶ意味ではないと説明して
いた。
当時の能は立会いといって、複数の舞い手がその技を競うのが通例だったらしい。
能は勝負事だったのだ。剣の立会いと同じように、いざという時に、今まで隠し
ていた技を出すことによって勝負を決める、奥の手が重要になってくる。その普
段秘めている勝負の技こそが大切であり、だからこそ能はその時、その時で新し
い変化を生み出して、常に新鮮な芸として愛され続けている。「秘すれば花」と
は、私は常に斬新な変化をもたらす事こそが大切だと解釈するのだが、皆さんは
如何だろうか。                          O


Mandola Tenor この暑さ・・・にも負けず、
(投稿日) 2002年08月11日22時26分
先生のパソコンは無事でしょうか?
楽しみにしている日記を是非・・・。
日記とはいえ、鋭い洞察力・情感の豊さ、
先生の文章のファンです。

たった今、キリバン6000踏みました。万歳・・・。
このHPの益々のご発展を・・・。
のりさん モタモタしてます
(投稿日) 2002年08月12日14時21分
>Mandola tenorさん、ご心配かけてすみません。
この暑さにも負けず身体もパソコンもいたって元気なんですが、
昼間は勿論、夜にいろんな会議や行事が立て込んでくると、なかなか
日記を更新させる時間が取れなくなって苦しんでます。折角毎日続けてきたんだから、一日も飛ばさずに書こうと思って別の白紙に書き貯めて、一気に掲示板に貼り付けしてるんですが、思いの他時間がかかってモタモタしてます。
でも頑張って追いつきますので、気長にアクセスしに来てくださいね。
実は「見るだけでゴルフが・・・」のコーナーも多くの方に愛読していただいているようで、13弾からちっとも進みませんねとお叱りをうけています。
まことに申し訳ありません。ネタはいろいろ頭の中に入れているんですが、ゆっくりゴルフの事を考えている時間が取れなくて・・・。このお盆に是非進めようと密かに闘志を燃やしていますので、どうぞお見捨てなく。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月30日01時24分

7月28日

のりさん日記を読んでいただいている方なら「昨日の日記の最後の△は一体何だ?
ははあ、わかった。7月25日の日記で禁酒とえらそうなことを言って、実は守
れなかったな、心は禁酒を保っているけれど、どうしても付き合いか何かで飲ま
なければならない事になって、仕方がないので、必要最小限の量にセーブした。
従って△で言い訳にしておこうという魂胆か。」と鋭い考察をしていただいたか
もしれません。実はその通りなんです。あまり公の場所で弁解じみたことを書く
のもみっともないので多くは語りませんが、なかなかうまく事は運ばないもので
すね。
しかし、おかげさまで25日以来、禁酒が効いているのか、漢方薬が効いている
のか、すこぶる快調で、夕方にぐたっとしていた身体がもう一踏ん張りできるよ
うになってきました。
6年前の年末に度重なる残業と忘年会で肝臓がくたびれ、40日間緊急入院した
前科があります。当時γーGTPが1000にもなり、一日でうどん一杯も食べ
られなくなり、黄疸で目は黄色くなり、身体全身がだるく、何をする意欲もなく
なって、病院で血液検査をしてもらったら、急性肝炎と診断され、そのまま入院
となってしまいました。肝臓に直接効果のある薬は無いとのことで、兎に角肝臓
に血液を循環させて、元気を取り戻すことが大事だと立つより座れ、座るより寝
ろといわれ、食事とトイレ以外はずーとベッドの上でゴロゴロしていました。肝
臓の病気がなまけ病といわれる所以ですね。お陰で40日間の入院で45冊程度
の読書ができ、久しぶりに英気を養えたのを覚えています。童門冬二の「上杉鷹
山」の上下巻が今でも印象に残っています。
ダイエットをしようと中国製のやせ薬を飲んで、C型肝炎にかかっている人がか
なりいるようですが、確かに肝炎になると食欲は極端に落ちますので、結果的に
はゲキ痩せしますが、その代償はとてつもなく大きいものになります。私の場合
でも40日間で6キロ痩せましたが、一つ間違えば、命に関わる病気だと知り、
それ以後、肝臓検査は特に念入りにお願いしています。どんな事柄でも地道な活
動が一番効果があるのかもしれません。横着はいけません。       △


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月30日01時22分
7月27日

今、話題になっている、石原慎太郎著の、「老いてこそ人生」を読んだ。はっき
り言って、後味はあまり良くなかった。確かに「老い」にもがくのではなく、
「老い」を自分自身素直に認めた上で、スマートな老練人生を送る、輝かしい老
いの生き方を貫こうとする気持ちはわからないでもないが、何か欲深い感じがす
るような、意欲という油っぽさで、ギラギラしている文章のように感じて仕方が
なかった。
石原慎太郎東京都知事は、常日頃から、「人生は70歳まで」「勝負をするなら
70歳が最後の年令」と言っているらしい。「従って今度の東京都知事には多分
立候補しないかもしれない。」と予想する人もいる。とすれば、一体何に対して
勝負するの?週刊誌的に言えば、石原新党を結成して、次期衆議院議員選挙に大
挙して立候補する。正に野次馬的な発想だが、この本を読んでいると、案外冗談
とも取れない感じが伝わってくる。果たしてこの仮説の真意は如何に。

只、この本の中で気になったところが2箇所、中ほどに酒に関する記述があって、
自分が酒を飲むのに、理想的な飲み方として、吉井勇が作った次のような小唄を
書いている。

   だまされているのが、遊び、
   なかなかに、だますお前の手の旨さ、
   くいな聞く夜の酒の味

もう一つ気になった箇所、それは酒好きのヘミングウェイにまつわる話だ。
酒と同じくらい競馬が好きだったヘミングウェイがパリのロンシャン競馬に出か
ける前に、どんな組み合わせの馬券を買おうか真剣に悩んでいる最中、同行して
いた若い女性が、失恋の憂さを晴らすために、生まれて初めて酒でも飲んでみた
いと言う。ヘミングウェイは、持っていた競馬の資料を放り出し、彼女の為に、
生まれて初めて口にすべき酒、飲みやすく印象に深くとどまるカクテルを何にす
べきかを懸命に考え、そして彼が薦めたカクテルに彼女は満足し、そのせいで彼
女は酒好きになり、挙句の果てにアル中になってしまったという。
ヘミングウェイが彼女の為に、失恋の痛みを忘れさせるために考え出したカクテ
ルとは一体何だったのか?その答えは勉強しているバーテンダーだったら、きっ
と知っているはずだと、石原慎太郎は書いている。彼いわく、いかにもという名
前らしい。
唯一この2つの話が印象に残った。くだらない部分だけ印象に残ってまことに申
し訳なく思っている。                    △


塚本(旧姓・山田)倫子 ホームページ、見ました!
(投稿日) 2002年07月28日16時25分
 ご無沙汰しております。
 今、妙子ちゃんとホームページを見ています。
 ご活躍のご様子、何よりです。
 今後も私たちのふるさと「氷上」のためにがんばってください。
のりさん 久しぶりです
(投稿日) 2002年07月29日09時09分
倫子さん、お久しぶりです。H,Pへの書き込み有り難う。妙子ちゃん(私の従妹)と一緒に見ていただいて、光栄です。確か今日が氷上町石生(いそう)の川裾祭りでしたよね。小さい頃、妙子ちゃん宅に遊びに行って、祭りを楽しんだ思い出をよく覚えています。忙しいでしょうが、石生の実家に帰ってあげてくださいね。私も石生を中心とした東地区の皆さんには大変お世話になり、感謝しています。宜しくお伝えください。また書き込みしてくださいね。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時12分

7月26日

やっと今日で「のりさん日記」が平常に戻りました。思えば苦節1ヶ月余り。6
月21日にパソコンが不調になってから、生活のリズムは狂うし、日記は手書き
でためておいたものの、パソコンが退院して来てからワープロ打ちする時間がな
かなか確保できず、ようやく追いつけそうだと喜んでいたら、またまたびっしり
のスケジュールに阻まれ、日にちだけが先に進んで原稿が溜まる一方。先週から
何とか暇をみつけてようやく書き込みと入力の日付が合致して、ほっとしてます。
こうして苦労してみると、毎日少しづつの積み重ねが大切だなあとつくづく思い
ます。高校時代や大学時代に一夜漬けで相当ピンチをくぐり抜けた思い出があり
ますが、これだけ辛い目に会うのだったら、何故もっと最初から早めに準備をし
ておかなかったのかと必ず反省するのですが、またしても同じ過ちを犯す。結局
致命的な失敗になっていないから、反省もいい加減になっているんでしょうね。
先日の禁酒と同様、致命的なダメージとならないように、意思を強固に持って、
新たな気持ちで本日からまた頑張っていきますので、どうぞお見捨てなく。 O





のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時10分
7月25日

一昨日の青年会議所OB会の納涼大会で少し飲みすぎたせいか、あまりの暑さに
身体がついていかないのか、兎に角疲れ気味なので、友人に診断してもらったら、
肝臓が少し弱っているとの事。この際酒量を控えめにして、肝臓が元気になる漢
方薬を服用したらどうかと勧められ、今日から禁酒となった。
タバコはやめてもう23年になり、今では隣で吸われようと、乗り合わせた車の
中でプカプカされようと全く動じないが、飲酒の場合はタバコのようにはいかな
い。日本の冠婚葬祭、食習慣には必ず飲酒が付いて回る。「まあ、堅いこと言わ
ずに一杯だけどうですか?」くらいは未だいいほうで、「なに、俺の酒が飲めな
い?」となって、「酒も飲めないで、どんな仕事ができるんや。」となってくる
と、雰囲気は最悪となる。今の仕事からして、禁酒は禁煙よりも数倍困難を極め
そう。まあ、9月初旬に本年度定例の人間ドックが姫路の成人病センターで予定
されているので、とりあえずそれまでは、意思固く頑張ってみよう。しかしこの
暑さの中で、いつまで続くのやら・・・。この日記の最後に「O」が入っている
間はまだ禁酒が続いていると思ってください。もし挫けたら、その時点で「X」
となります。その時はどうぞ「意思の弱い奴め」と笑ってやってください。
  O

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時10分
7月24日

先日、県の幹部から面白い話を聞いた。ある船長さんから聞いたジョークとの事
だった。
タイタニック号が沈もうとしている時、われ先にと救命ボートに飛び乗る人が多
い中で、先ず子供と女性を優先して助けようと船長が既にボートに乗っている男
性に弱い人と代わってもらうように頼んだが、なかなか聞き入れてもらえない。
そこで出身国別に口説くことになった。
先ず、イギリス人に対しては、「貴方の国は紳士の国でしょう。どうぞ子供、女
性に代わってあげてください。」
ドイツ人には、「規則ですから、子供、女性に代わってあげてください。」
中国人には、「お金をあげますから、代わってあげてください。」
アメリカ人に対しては、「貴方は英雄になりたくないのですか?スターになれますよ。」
さて日本人には何と言ったでしょう。
「他の男性はみんな降りていますから、貴方もボートから降りてください。」

住民基本台帳ネットワークシステムが8月5日稼動に向け整備されつつある中で、
福島県矢祭町が個人情報保護法が成立するまでは、そのネットワークに参加しな
いと表明し、話題となっている。地方分権が叫ばれ、地方自治体の主体性が求め
られている昨今に於いて、はっきりとした方向性を独自の判断で示す姿勢は理解
できる。今後は上下関係や主従関係など封建的な考えは捨てて、国と自治体と対
等な立場で活発な議論を行い、納得した上で作業を進めていただくことが、民主
主義国家の本来の姿だと思う。そんな手続きが自然体になるような国になるなら、
上記のようなジョークは過去の遺物となるだろう。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時09分

7月23日

人が心を動かされる時とは、どんな時だろうか。
去年、文教常任委員会に所属していた時、管内調査で播磨教育事務所を訪れて、
幹部と意見交換したが、あまりにもマニュアル通りの説明や答弁だったので、私
から幹部の一人に質問した。「教育にとって何が最も大切だと思いますか?」少
しドギマギされたようだったが、これまたあれこれ模範的な答弁を返されたので
思わず私の私見を述べた。
「教育に大切なもの、それは人それぞれにお持ちだろうし、人によってその答え
は違って当然だろうと思います。肝心な事は、その、それぞれである答えを子供
達に本気でぶつけているのかどうかということではないだろうか。
知識を持っている先生はその持てる知識を全力で、酒ばかり飲んでいるけど人一
倍仕事に情熱を傾けている親父はその情熱を本気で、喧嘩が弱くて頼りないと思っ
ている兄弟ならそんなにヘナヘナしてどうする?なんて本気で殴って発奮させた
り、要は理屈でなく、本当にその子供の事を思っているかどうかが大切であって、
本気で、また本音で接すれば、必ず子供にはその思いが通じるものだと思います。」
少し興奮気味だったが、本気になること、本当に腹の中で思ったり、感じている
ことをそのまま行動に移した時、人の心は動くのだという事を言いたかった。
今日から柏原町長選挙が始まった。前回と同じ顔ぶれの戦いとなった。
是非,本音対本音の政策論争をして町民の心を動かしていただきたい。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時08分

7月22日 

現地解決型を表明した兵庫県の県民局体制が2年目に入り、具体的な取り組みと
して、各市町との懇談を頻繁に開催しているが、今日は我々県議会議員と県民局
幹部との懇談会が開かれた。午後からの半日を会議に当て、企画管理部、県民生
活部、病院局、教育委員会、地域振興部、農林部、県土整備部の順で意見交換し
た。篠山市の水道事故の件、氷上郡合併問題など、現在住民から関心を持ってい
ただいている事案が中心になった。
兵庫県内には10県民局があり、それぞれの地域にいる県会議員との懇談会が開
かれているが、2人の議員が関わる丹波県民局は、県下で議員数が最も少ない局
だ。それだけより深く、綿密な打ち合わせができるメリットがある反面、議員の
資質によっては、偏った議論に陥るデメリットもある。健全な議論が展開できる
為にも、日頃から住民の意見や思いを充分汲み取り、民意を反映した意見集約を
しておく必要がある。
現地解決型という自由裁量の部分が多くなると同時に、事業に対する責任が大き
くなっていく事も強く感じながら、建設的で責任の持てる意見交換を進めたい。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時08分

7月21日

ミュアフィールドで行われた全英オープン最終日、今年は丸山茂樹が優勝争いに
絡んでいるだけに、期待を持ってテレビに噛り付いていたファンも多かっただろ
う。実は私もその一人だった。
3打差で望んだ最終日、1番ホールボギーを叩いたが、2番、3番、5番、6番、
とバーディを奪い、そして前半最後の9番でバーディパットを入れた瞬間には夜
中にも拘わらず、「よっしゃー」と叫んでしまった。これで6アンダーで首位タ
イ。もしかすると日本人初のメジャーウィナー誕生かとドキドキした。
彼もドキドキしたのか、折り返しの10番で3パット、12番、13番で連続ボ
ギー。やはり丸山といえどもメジャーの重圧は大きかったのか、本当にもったい
ないショートパットを外した。
しかし並のプレーヤーでないのはこの後、16番、17番でバーディを取り返し、
結局優勝したアーニーエルスと1打差でフィニッシュ。順位は5位だったが優勝
しても不思議ではないすばらしい内容だった。
6年ほど前、日本経済新聞のスポーツ欄で毎週日曜日、プロゴルファーのゴルフ
レッスンが連載されていて、楽しみに読んでいたが、お世辞抜きに丸山茂樹が書
いていたレッスンが最も役に立った。全てコピーに取って今でもたまに引っ張り
出して読んでいるが、しっかりした理論に裏付けられた文章には説得力がある。
一番印象に残っている文章で「アドレスからバックスイングに入る時、身体のど
こから動かすか?」という部分だった。普通、手とか、腕とか腰からなんて答え
が返ってきそうだが、丸山は違った。その答えは「見るだけで上手になる方法」
(私のH.Pの別コーナー)の中で書くが、このレッスン記述で私のゴルフは飛
躍的にレベルアップした。
天性の前向きな明るさにこの理論が乗っかって、丸山茂樹はまだまだ伸びていく
だろう。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時07分

7月20日

今日から夏休みが始まるが、合わせるかのように梅雨も明けた。こんなに急激に
暑くなると、ジメジメしても梅雨時期のほうが、涼しくて良かったのかなと思う
くらい強烈な気候の変化だ。
夏休みになると毎日6時30分から始まるラジオ体操に眠い目をこすりながら参
加していた記憶が残っている。あれだけいやいや参加していたのだから大した効
果もなかったのかもしれないが、今から思うとその時間に起きる事に意義があっ
たのかもしれない。と言うのも、細胞が最も活性化するのは、午前5時から9時
頃まで。この時間帯に行う健康療法は非常に効果的だそうで、夕方行う運動とは
比較にならないくらい新陳代謝を促すそうだ。今ひとつ朝日と夕日の違いがある。
朝日には遠赤外線が強く含まれていて、体にとって生育光線となっているのにひ
きかえ、夕日は近赤外線で感情光線と呼ばれ、気を落ち着かせるのにはいいのだ
が、成長という点からは、効果が望めないようだ。
仕事を終えてからスポーツジムに通って体を鍛えている御仁がかなり増えている
ようだが、本当の効果を求めるのなら、子供達と一緒に朝のラジオ体操のほうが、
どれだけその利があるか、計り知れない。でも朝早くは、なかなかです。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時07分


7月19日

市島町でいつもお世話になっているレストラン「白鳳」でビアガーデンのオープ
ニングがあり、今年も夫婦でご招待を受け、夕暮れから出かけた。駐車場に作ら
れた会場は既に常連客の皆さんでごった返しており、ジョッキを傾けて談笑させ
ていただいた。当日のゲストは演歌歌手の前畑晴美さん、仮設ステージで歌い始
めてはっとした。どこかで出会っているような気がして、暫く歌を聞いていたが、
程なく思い出した。3年前、私の選挙でお世話になったウグイス嬢ではないか。
私にとって初めての選挙ゆえ、多くの皆さんに段取りをお世話になり、選挙カー
や運転手、ウグイス嬢の手配も手馴れた方々にお願いしたが、素人ばかりではそ
ううまくできるものではないから、何人か経験を積んだ人にも手伝ってもらおう
と来ていただいた一人が今は演歌歌手として頑張っている前畑晴美さん。厳しい
選挙戦だったが、最後まで精一杯の呼びかけをしていただき、励ましてもらった。
いわば命の恩人だ。持ち歌の「おんなの春」と「人生の道」を聞きながら当時の
苦しかった9日間を思い出していた。
途中でデュエットで歌う機会があり、美空ひばりの「川の流れのように」を二人
で歌ったが、「一緒にマイクを握るのは、3年ぶりですね」と笑いながら暫し再
会を楽しんだ。ご成功をお祈りする。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月26日19時06分
7月18日

「愛の賛歌」というシャンソンがある。エディット・ピアフが作詞したこの名曲
はあまりにも有名で日本では越路吹雪がよく歌っていた。この歌が誕生するには
実に悲しい壮絶なドラマがある。
当時フランスを代表するシャンソン歌手のエディット・ピアフが同じくフランス
を代表するボクサーで世界チャンピオンにもなったマルセル・セルダンと194
8年の春に恋仲となる。セルダンには妻子がいたが、二人の思いは深まるばかり。
公演や試合の為にパリとニューヨークを行き来する二人はすれ違うばかりで別離
の悲しみを少しでも癒すべく数十通の手紙を送りあう。
「あなたのいない時間はとても長くて、生きる目的さえわからなくなる。いとし
いひと。お願いだから、私を信じて。愛してると言ってほしいの。あなたを愛す
る私の気持ちはこんなに大きいわ。世界中の誰だってあなたにはかなわない。愛
してます。頭の中はもうそればかり。昼も夜もよ。今すぐにでも私の苦しみを消
しに来て。私の全てはあなたのもの。あなたの前ではちっぽけな、本当に小さな
私です。すてきな私の旦那さまへ。(1949年9月24日、ニューヨークにて)
今年の1月に初めて公刊された往復書簡「恋の手紙」の1節である。
これはたくさんある手紙の中で最後の手紙の結びの部分だが、この一ヶ月後、ニュー
ヨークにいるピアフは早く会いたい一心から船で来る予定をしていたセルダンに
飛行機に変更するよう懇願し、10月27日、パリのオルリー空港をセルダンを
乗せて飛び立った飛行機は大西洋上に墜落。多数の乗客と伴に帰らぬ人となった。
この後作られたのが前述の「愛の賛歌」である。
学生時代、マンドリンクラブでこの曲をよく演奏していた。「愛」の部分は理解
していたが、まさかこんなに深い「悲しみ」の部分があったなんてつい最近まで
知らなかった。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月25日00時05分
7月17日

私の会社が大変お世話になっている神戸市東灘区の精密機械メーカーの社長さん
と次長さんが始めて当社を訪問いただき、今後の事業展開や当社の支援体制など
細部にわたって打ち合わせをした。
事務所に到着されるなり、「緑一杯で自然豊かな地域の中で仕事をされていて、
うらやましいですね。」と話されるので、「いやいや、この緑や自然を守るのに、
どれだけの人たちが陰になり、日向になって作業されているか、それはそれは大
変な苦労があります。」と説明した。「豊かな緑に見えるけれど、よく山を見て
いただくと、東播でひどかった松くい虫被害がそのまま丹波にも広がって今や丹
波の松は壊滅状態です。また間伐や枝打ちができていない為、山の斜面に日光が
当たらず、下草が生えない為に、小石などが剥き出しとなり、集中豪雨でも起こ
れば土砂の流出は深刻な問題となっています。」と付け加えた。
神戸からの皆さんは意外だという顔をされていたが、今や私達の地域ですら自然
とはこんな状態にまで弱りきっている。
春日町消防団のある幹部が話していたが、梅雨時期で民家に近い水路が決壊しな
いように見回りを続けているが、昔はなんとも思わなかったがここ数年で大きな
変化があった。どんな変化か?一雨降る毎にその水路がたくさんの土砂ですぐ埋
まってしまう。地域の人たちで土砂を取り除いてもらうが、また次の雨が降って
同じ状態になってしまう。こんな事は今までなかったと嘆いていた。それだけ山
の荒廃が確実に進んでいる。
 

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月25日00時04分
7月16日

今日、総務委員会が県庁内で開会され、実質的に審議が始まった。来年の6月ま
で13名の委員と総務に関する当局との様々な論戦が展開される。本年度は特に
景気低迷で極端な税収不足に陥る可能性がある中、県独自の課税自主権をどう行
使していくのか、県民の行政ニーズが多様化していく中で、様々な要望を広く聞
き、政策に反映していき、満足度を上げていく手段として「参画と協働」のシス
テムづくりがあるが、具体的にどう進めていくのか、まだまだ先がある行財政構
造改革、IT(電子)県庁の推進、県職員の資質向上、市町合併、平成18年兵
庫国体への準備など課題が多く、7つある委員会の中では最も守備範囲が広い。
担当する部長、局長、課長、室長など幹部職員は総勢で90名近い。私達委員も
余ほど心して勉強していかないと、質問する事柄さえも把握できなくなる。来年
の改選期を控え時間が無い中での委員会活動だけに、今から気が引き締まる。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月25日00時02分
7月15日

昨日に引き続き、後援会旅行で長野県諏訪市に来ている。朝9時の出発故、起床
してから3回目の温泉入浴を楽しみ、皆さんと談笑しながら、ゆっくりと朝食を
いただいた。
人間の幸せを測る尺度はいろいろある。お金をたくさん稼ぎ、1財産築いて幸せ
を感じる人もいれば、地位や名誉を手に入れて幸せという人もいるだろう。
もう25年も前になるが、突然親父が胃がんで亡くなり、学生でありながら家業
の材木屋を継ぐことになった時、一番困ったのが仕入れだった。「こんな若造に
何ができる?」と不信めいたまなざしばかりで現金以外では材料を売ってくれな
い。困り果てていた時、ある人の紹介で、岩国市に本社があった「山陽国策パル
プ」という製紙メーカーが「うちの木材を使ってくれ」と木材供給を全面的にバッ
クアップしてくれた。正に地獄に仏だった。それから今日まで延々と取引は続い
ているが、当時の最高責任者、古川隆部長、営業担当の藤原満さん、この二人が
いなかったら多分昭和50年前半で暖簾を下していたのは間違いない。
私が30歳前後になった頃、古川部長に誘われて、「山陽国策パルプ」大阪営業所
の皆さんの慰安旅行に同行して浜坂町の七釜温泉に一泊でカニを食べに出かけた。
しこたま飲んで食べて騒いだ翌日、二日酔いを覚まそうと温泉に入ったら、古川
部長が先に湯船に浸かっておられて、私に話し掛けられた。
「なあ石川はん、人間の幸せって一体何で決まると思いまっか?そりゃあ金や名
誉やいろいろおまっしゃろ。わしはなあ、こうやってゆっくりと朝風呂に入り、
時間を気にせんと朝飯をよばれる、こんな朝を一生のうちに何回経験できるかで
その人の幸せが決まるような気がしまんねん。」
当時、生き馬の目を抜くような激しい難波商人(あきんど)の象徴のような古川
部長がそれこそ若輩の私にしみじみと話されたこの内容を今でも鮮明に覚えてい
る。
その後、山陽国策パルプは十条製紙と合併し、現在は「日本製紙」となって国内
ではトップの規模となり、スタッフも超多忙の日々を送られたようだ。現在古川
部長は定年退職され、和歌山県内の山奥に第2の住まいを移され、悠々自適の生
活を送っておられるとの事だが、帰りの車中でこの話を後援会の皆さんにご披露申
し上げた。諏訪温泉の朝は私にとって久しぶりの「至福の時間」だった。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月25日00時01分

7月14日

台風7号が沖縄近くまで北上して荒れ模様の天気の中、市島町後援会の皆さんと
バス2台に分乗して、信州への親睦旅行に出かけた。氷上郡6町それぞれで親睦
旅行を計画していただいている為、6回の旅が予定されているが、今回は第5回
目。ようやく要領も掴みかけ、皆さんとの会話もうまくはずんで、和やかな旅と
なった。特に今回のバス旅行は諏訪温泉に宿泊の予定で、私のとっては初めての
訪問先となる。また、田中知事への不信任案が可決され、いよいよ明日、知事と
しての態度を表明される時期とあって、両方の意味で諏訪市入りを楽しみにして
いた。
生憎台風の影響で、白樺湖は半そででは肌寒く、霧が峰を通るヴィーナスライン
(高原観光道路)は正しく霧の中で視界は最悪。只、高山植物のニッポウキスゲ
は丁度満開で、高原一面黄色い花が咲き乱れていた。諏訪湖のほとり、上諏訪温
泉に宿を取ったが、しっくりした良い温泉街だ。昔は野麦峠などで有名な生糸生産や織物産業で栄えたらしいが、現在では精密機械、日本のスイスという触れ込みで高付加価値生産地帯を維持している。
出会う人にそれとなく田中知事への意見を聞いてみたが、ほとんど全員、田中知事擁護だった。今までの県政のあり方に多少なりとも不満があり、わかりやすい形に変えてほしいというのが一般的な県民の思いだという。今までの長野県政がどのようなものだったのか詳しくはわからないが、聞くと相当長期にわたって副知事が知事に就任する構図が続いていたようで、県民に対する説明責任や意見集約システムがおざなりになっていたのかもしれない。しかしニュースを通じてしか見えないが、田中知事も議会に対する説明不足の点や最初からけんか腰の対立姿勢は反省すべきではないだろうか。



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月24日23時59分

7月13日

円応教の第84回立教祭と花火大会が催され、夫婦共々ご招待いただいた。現在
の教主、深田充啓先生とは10数年前よりゴルフを通じてお付き合いを深めさせ
ていただいた。1988年、篠山市にあるオータニにしきC.Cで公式ハンディ
9に認定され意気盛んだった頃、深田ご夫妻と初めておで会いした。「折角ハン
ディがシングルになったのだから、同じゴルフクラブの中だけでなく、もっと外
に出て腕を磨いたらどうか?」新鮮な提案だった。当時アマチュアゴルファー対
象の試合は10試合ほどだったと思うが、その最高峰が日本アマチュア選手権に
繋がる関西アマチュア選手権。毎年5月に予選会が2日間あり、所属クラブの推
薦を受けてシングルプレーヤーがその腕を競う。一会場12〜13名程度が予選
通過し、6月の関西決勝大会4日間に進む。そして上位10数名が全日本アマチュ
ア選手権への出場権を手にするのである。
丁度深田先生に勧められてエントリーしたのが1989年の関西アマチュア選手
権A地区予選会、会場はよみうりC.C。アマチュア競技初出場が最も権威にあ
る公式戦だった。心臓はバクバク、足はガタガタ、案の定90近く叩いて2日間
で170台と散々なデビューとなったが、その後いろんな経験を積み重ねられて、
平成10年9月の神奈川国体出場へと繋がっていく。
深田先生と出会う度にあの1989年、よみうりC.Cの足がガタガタ震えるティー
ショットを思い出す。山南町の夜空に上がる数百発の花火を見ながら、良い人と
の出会いに改めて感謝した。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時05分

7月12日

市島町内の野球好きの皆さんが仕掛け人となり、町立の総合運動公園「スポーツ
ピア市島」が完成した平成11年から、全国高校女子硬式野球選抜大会を誘致さ
れ、今年第3回大会が4月初旬に行われた。全国各地から10チームが出場し、
硬球を使った熱い戦いが繰り広げられたが、男子の甲子園に比べてまだ始まった
ばかり。バレーボールやソフトボールなどと違って女子硬式野球はまだまだ認知
度が低く、関係者も苦労が多い。その中心役員となっている市島町の中年野球チー
ム「市島シニアクラブ」の皆さんと懇談会を行い、今後の大会運営について話し
合った。
折角ここまで続けてきた高校女子硬式選抜野球大会だから、男子の甲子園大会の
ようにメジャーになるまで頑張っていきたいという市島シニアクラブの思いに共
感を覚える。しかし資金面、宿泊施設、練習場所など物心両面にわたって地域上
げてバックアップ体制をとっていく必要がある。どんなイベントでも最初は小さ
な、しかし熱い夢から始まっている。いろんな可能性を求めて協力していきたい。
とりあえず来年4月、第4回大会の成功を祈って資金面でのスポンサー探しのお
手伝いを約束し、懇談会は大いに盛り上がった。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時04分

7月11日

シューベルティアーデ街角コンサートがいよいよ進みだした。今年の春日町は、
船城小学校体育館をお借りして、小学校を活動拠点にしているリリカルコーラス
(船城地区の皆さんを中心にしたママさんコーラス)や5、6年生の合唱団、そ
して今年のフランツ(その年の中心的なプロの演奏家をシューベルトの名前にあ
やかってフランツと呼ぶ)サクソフォン奏者、西本淳さん(大阪音大卒業、20
00年、同大学院修了)を中心にしたプロの演奏など盛りだくさん。今夜も第3
回の実行委員会が開かれ、いつもの実行委員に加えて、今年は船城小学校の校長
先生、教頭先生、そしてPTAの役員の皆さんが強力にバックアップしていただ
けるとの事。今までは、シューベルティアーデて一体何?こんな山奥でクラシッ
クを演奏して誰が聞きに来てくれるの?なんて冷ややかな反応ばかりだったが、
よくぞ船城小学校を選んでいただいたという歓迎ムードで実行委員会に加わって
いただいて、私達も大感激。「継続は力なり」を改めて痛感した。
会議の和やかな進行を見ながら今年も例年以上に和気藹々とした雰囲気のコンサー
トになるだろうと意を強くした。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時04分

7月10日

氷上高校女子バレーボール部が平成14年度兵庫高校総体に完全優勝し、(1敗
もせずに優勝すること)8月1日から茨城県で開催されるインターハイに兵庫県
代表として出場する。その壮行会が本日春日町の健康福祉施設、ハートフルかす
がで行われ、来賓で出席した。
勝負の分かれ目はほんの些細なことだと思う。ましてや高校生同士の戦いならば、
実力の差なんてほとんどない。氷上高校の場合、連続23年間インターハイに出
場している名門校だ。全国的なレベルまで達している選手ばかりだから、ひけを
とるはずがない。そこで大切な事は、良い流れを呼び込むこと。勝負には必ずピ
ンチ、劣勢の時がある。その場面を早くくぐりぬけ、優勢な雰囲気を作ってしま
えるかどうかが勝負の分かれ目。いわゆる「波に乗る」というムードづくりだ。
その為には、ピンチの時にこそチームメートをどこまで信用できるか、この1点
にかかっている。自分のチームメートを信用できなくなって一人よがりになった
り、士気が下がって負けていった試合は、どんなスポーツ、どんなレベルのチー
ムにもある。チームワークとは、具体的にはチームメートを信用する深さの事を
いっているのだと思う。是非自分にとって悔いのない試合をしてほしい。
こんな要旨の励ましをしてお祝いを述べた。8月5日が決勝戦。8月6日の新聞
が楽しみだ。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時03分

7月9日

台風6号が接近する中、美方郡浜坂町にて、兵庫県議会議員、自民党兵庫県連幹
事長、平沢勇実先生の本葬が1600人の参列者が集まって、しめやかにおこな
われた。
谷洋一衆議院議員が務められる葬儀委員長の弔辞の後、井戸知事代理の斎藤副知
事、水田県議会議長と弔辞が続き、鴻池参議院議員の弔辞の中で「あなたは兵庫
県議会の為に、自民党兵庫県連の為に、自分の事はほっておいて、文字通り献身
的に持てる力を発揮された。」という趣旨の文言を述べられた時点で不覚にも泣
いてしまった。その後、平沢先生とのいろんな思い出、倒れられる2日前、県庁
内の議員控え室で雑談を交わした事など次々と蘇り、最後まで涙が止まらなかっ
た。
私は何故か自己犠牲という言葉に弱い。私の好きな歌に今は亡き川島英吾の「時
代おくれ」という曲があって、カラオケで歌えといわれたら、先ずこの曲を熱唱
することが多いが、その歌詞の2番に、「昔の友には優しくて、変わらぬ友と信
じ込み、あれこれ仕事もあるくせに、自分のことは後にする。」いうフレーズが
ある。この部分でいつも胸がジーンとしてしまう。多分、私の心の潜在的な部分
に、この自己犠牲の考え方が強く反応する仕掛けが組み込まれているのだろうが、
いつ、何故、そうなったのかは、未だに解明できていない。きっと私にとって大
きな節目であった親父との死別に関係するのかもしれないが、私にとって非常に
悲しい平沢先生の葬儀だった。



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時02分
7月8日

兵庫5区選出の衆議院議員、谷洋一先生が春の叙勲で最高の勲1等旭日大綬章を
受章され、氷上、篠山、三田、猪名川町など5区内南地区の合同祝賀会が三田新
阪急ホテルで開催された。
谷先生は昭和30年、村岡町議会議員を振り出しに、村岡町長2期、兵庫県議会
議員2期、そして昭和51年、衆議院議員に初当選されて以来、連続9回当選と
ご自分の選挙では一度も敗戦がないという選挙の神様のような議員で、その政治
家としての活動は見習うべきところが多い。
多くの人々の信頼を集めるその特筆すべき点は、徹底した現場主義に裏づけされ
た政治活動にある。何事によらず、頼まれれば先ずその現場に足を運び、自分の
目で判断する。人から聞くのではなく、自分の目で見て、その場で要望する方々
の意見を聞くことによって、その熱意を感じ取る。そしてその気持ちをそのまま
の形で行政に伝え、事業に結び付けていく。政治活動の基本なのだが、これがな
かなかできる事ではない。時間的にできなくなってしまうのだ。しかし谷先生の
場合は今尚この姿勢を貫かれているところに一度も選挙に負けない強さ、すなわ
ち住民からの信頼が集まる原点があるような気がする。大いに学ばせていただいている。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時01分

7月7日

昨日より山南町後援会の皆さんと出雲へ親睦旅行に来ている。今回の旅行で4町
目。既に氷上町、春日町、柏原町が終わり、来週には市島町、9月に青垣町で最
後となる。私にとっても後援会の皆さんにとっても初めての旅行なので要領が得
ない面もあるが、丸2日間共にバスに揺られながら行動すると、だんだん打ち解
け、心の振れ合いを感じてくる。「こんな気さくに付き合ってもらえるとは思わ
なかった。」という言葉を最もたくさんいただいた。
議員というイメージはどうしてもとっつきにくく、かしこまった人柄に思われる
のは仕方のない事かもしれない。私自身がこの仕事に就くまでやはり同じ印象を
持っていた。出会う時はいつも選挙前でやたら地域の将来を熱っぽく語っている
だけの姿しか見なかったのだから、当然かもしれない。自分自身がこの立場になっ
て多くの人と接してみると、大きな誤解がまだまだ残っているのを痛切に感じる。
昔はどうだったかわからないが、現在の議員は、親しみやすい、何でも相談でき
る雰囲気を持っているほうが仕事がしやすいように思うがどうだろう。威厳は大
事だが、住民の本音が伝わりにくく、本質的な物の見方がずれていくようだと、
かえって威厳なんて邪魔になってくる。機会を見て、ゆっくり酒を酌み交わしな
がら、いろんな話に耳を傾けるのも大事な活動だと感じた親睦旅行だった。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月23日09時00分
7月6日

美方郡選出の兵庫県議会議員、平沢勇実先生が夜10時、ご逝去された。64歳。
昭和51年10月より連続7回当選を果たされ、県会各委員長、副議長、議長な
ど要職を歴任され、現在は自民党兵庫県連幹事長に就任されて、兵庫県内の取り
まとめを一手に引き受けてこられた。また兵庫県政へのチェック機能を果たす県
議会において最重鎮の一人としてその適切な判断は多くの保守系議員の信頼を集
めるところだった。私も2年間に渡り、自民党兵庫県連の青年局長を務めさせて
いただいているが、「ひまわり会」の創設や様々なイベントを行う時、開催費用
の件で相談に行くと、いつも「よし、わかった。いくらいる?若い者がやると言っ
ているんだ。金は出すが口は出さん。しっかりやれよ。」と言って気前良く予算
化していただき、励ましていただいた。昨年3月、女性局長と伴に平沢幹事長と
3人で上京し、自民党本部で総裁選挙に臨み、3人そろって「小泉純一郎」と1
票を投じたのも今では懐かしい思い出となってしまった。心からご冥福をお祈り
申し上げます。



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時53分
7月5日  

昨日に引き続いて韓国について。数年前に起こった韓国の経済危機から国民全体
の結束力で立ち直った後、徹底的な国力アップを目指し、大きな改革と国家戦略
を打ち立てた。その一つにIT戦略がある。韓国は今やアメリカを抜き、世界第
1位のパソコン普及国になっている。韓国内ではパソコンゲームの対戦が連日テ
レビ放映され、その熟練した技術が若者の間で高く評価され、パソコンゲームの
大家として充分な報酬が得られるシステムまで確立されている。若者相手のゲー
ムですらこんな状態だから、ビジネス、日常生活でのIT普及については日本で
は想像もできない奥深くまで浸透していると考えられる。パソコンを中心とした
IT文明はまだ始まったばかり。このスタート時点でアメリカどころか、お隣の
韓国やインドなどどちらかといえば優位性を感じていた国々が実はずっと先を走っ
ていることに愕然となるのが今の日本の姿。韓国の人たちが使っているEメール
使用可能な携帯電話の何と小さなこと。これだけでも「先を進んでいる・・・。」
と痛切に感じる。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時52分

7月4日

6月30日、ドイツ対ブラジルで見ごたえのある決勝戦となった今回のワールド
カップ。日韓共催という初めての試みも大きな支障も無く、無事終了したが、私
には韓国の熱烈な応援ぶりが特に印象に残った。勿論、韓国チームがベスト4ま
で勝ち進んだ事、俳優ばりの人気選手が活躍している事などいろんな要素がある
だろうが、根底に流れる愛国心が日本とは比較にならないくらい強く感じられる
のは私だけではないと思う。
よく、「国の威信をかけて・・・。」と言う言葉があるが、500万〜600万
とも報道されたあの怒涛のようなサポーターの応援ぶりを見ると、国家の存亡を
かけた戦いにすら感じてくる。
数年前、韓国自身が債務超過に陥り、全国民に国家再建を呼びかけて金銀などを
供出してもらい、国家危機を救った事や、日本にだけは絶対に負けたくないと思
う反日感情が闘志となって大きな力を生み出したのか、もう一つ、徴兵制度によ
り19歳で軍隊に入り、自らの力で自らの国を守るという教育を叩き込まれる愛
国心のなせる行動なのか。いずれにしても韓国のワールドカップに対する関わり
を見ていると、日本の応援など非常に薄っぺらく見えてくる。「ベッカム」と叫
んでいた女性が決勝近くになると「カーン」と絶叫している。青いユニフォーム
で「ニッポン」と叫んでいた人たちが黄色や緑のユニフォームに何の抵抗も無く
着替えて大騒ぎ。これは順応性が良いと評価すべきなのかどうなのか・・・。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時51分
7月3日

関空に行く用事があり、朝から中国縦貫、近畿自動車道、阪和自動車道と乗り継
いで、2時間弱でエアポートターミナルまでたどり着いたが、先週ETCを搭載
して初めての長距離運転となった。
最初は「本当にゲートが開くのかな?」とオドオドした走り方だったが、確実に
ゲートが開くのが確認され慣れてくると、いやはや便利なシステムだと感心した。
吹田市内で通行料金待ちで列をなしている車を横目で見ながら、ETC専用ゲー
トを軽快に走り抜ける痛快さは一種の優越感と相まって独特の感がある。結局関
空の駐車場まででストップしたのは関空大橋を渡り切って入場料を払う時のみだっ
た。因みに帰る時は春日I.Cを降りるまでNO STOP。文明の進歩には只
驚くばかり。
しかし現実には全く普及していないばかりか、装置をつける費用が3万円を切っ
たとはいえ、まだまだ割高に感じられる事や、ハイウエーカードに比べて割引率
が低い事が原因で装着者は少数だ。ようやく最近になって3万円なり5万円を前
納することでハイウエーカード並の割引をする制度を導入すると国土交通省が発
表していたが、もっと気前良く5%なり10%なりETCを利用するドライバー
には請求する際に割引制度をすれば数年で装置代くらいは償却できる為、もっと
普及するだろうと思うのだが、高速道路料金と一緒で、早く回収しようとして料
金を高く設定すれば利用者は少なくなって回収年数は長くなり、料金を安く設定
すれば回収金額は少ないが、利用者は増加して結果的に回収金額は上がってくる。
どちらの考え方が正しいかは議論すべきだが、住民にとって喜ばれるのは間違い
なく後者の方だ。スムーズな自動車走行を推進する為にも是非ETCの更なる普
及啓発に工夫していただきたい。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時50分
7月2日

今年は例年以上に蛍が多く見られたようだ。近所の水路やかなり大きな河川でも
夕暮れ時にあちこちで飛び回っていた。私の子供の頃には、毎日のように蛍狩に
出かけて、虫かご一杯に蛍を取っていたが、昭和50〜60年頃にはめっきり少
なくなり、私の子供達と蛍狩りに行こうなどととても言える状況にはなく、氷上
郡内でも、特別に保護している地域(例えば、青垣町稲土地区など)に蛍を見に
いこうという特異な鑑賞物になってしまっていた。
しかしここ数年前から急に蛍がたくさん見られるようになったと報告してくれる
人が増え、近所でも何十年振りにほたる祭りを復活させた地区もある。有機農業
や減農薬栽培など、農薬に頼らない農業が最近定着してきたり、油などを直接生
活廃水と一緒に流す事をしなくなったりして、河川環境に地域全体が配慮してき
た成果がこんな形で表れてきたのかなと意を強くした。
本日、山南町和田西地区の農業集落排水事業竣工記念式典に出席して、一段と蛍
の飛び交う環境整備が進んでいくのを実感した。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時49分

7月1日

今日は47回目の誕生日。26年前、胃がんが原因で49歳の若さで死んだ親父
の後を継いで、21歳でちっぽけな製材所の社長に就任した時、「早く親父くら
いの年令になりたい。そうすれば仕入れや販売など商売をしていくのに一人前の
大人として見てもらえる。子供扱いされずに対等に商いができる。」と毎日、真
剣に思った時期があり、その時の思いが未だに記憶に強く残っている。
しかし現実にその年令が近づいてきたが、状況はあまり変わっていないようだ。
「もう少し年令がたっていれば、もっと充実した仕事ができたのに・・・。」と
悔やむ毎日で、結局思っている事は何も進歩していない。
これはそうも年令に関係する事ではないのかもしれないし、常にそういうもどか
しさを感じている事が、進歩や改善への原動力なのかもしれない。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時48分
6月30日

今日でワールドカップサッカーも最終日。フランスなど強豪が1次リーグで敗れ
る波乱もあったが、ブラジル対ドイツはまずまず順当な決勝戦と見るべきだろう
か。しかし日韓共催のせいもあったが、両国ともワールドカップに対する盛り上
がりはすごかった。若いサポーターあれほど熱狂的になるのは、阪神淡路大震災
時に何かしたいと立ち上がったボランティア精神と通じるものがあるような気が
してならない。ともあれ、1つの事で熱中する事は良い事だ。さて、このサッカー
に対する熱を維持させられるか。
スポーツはイベントではなく文化だ。しかし日本人はスポーツを文化としては見
ていないのではないか。何故?。日本人は楽しむ事を良い事として考えていない
部分がある。勤勉、仕事が善で、遊ぶこと、楽しむことは怠慢、悪と見ている。
だから楽しむ一つの手段であるスポーツは肯定できない。だからイベントとして
は許せるが文化としては容認できない。その根本的な原因として、日本は集団的
思考、欧米は個人的思考、この集団と個の違いがサッカーがイベントとして一過
性で終わるのか、文化として定着するのかの分かれ目ではないか。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月16日00時46分
6月29日

今日に終日豊岡市民会館で行われた「豊岡自動車道早期実現のためのシンポジウ
ム」に出席し、公共事業、特に道路建設についての勉強をした。
猪瀬直樹氏や大宅映子氏などが就任した「道路公団民営化検討委員会」の人選に
ついてマスコミを通じて様々な情報が流れたりいろんな人がそれぞれの立場で意
見を述べているが、基本的にはこのような議論をする事自体今までなかったこと
を思えば、そのきっかけを作った小泉内閣の功績は評価できる。そして「ムダな
ものは排除しよう」という論理も全くその通り。
さてそこで、何を指して「ムダ」というのかで見解が分かれてくる。自動車が多
く通過しないからムダなのか、経済効果が見込めないからムダなのか。私は他に
似たような施設があるにも拘わらず、2重、3重に整備しようとする事が本当の
ムダではないかと思う。一人暮らしだろうと3世帯同居の10人近い大家族だろ
うと、住む場所は必要だし、ガスや水道、家財道具一式はそろえなければならな
い。一人だからといって電気ぐらいは「いいや」とはならない。でも、使いもし
ない布団が何組もあったり、3世帯で暮らせるのに、一緒に住むのはイヤといっ
て3軒も別の家を建てたりすることは、誰が考えてもムダだと思う。他に変わる
ものが無い時のハード整備は、それなりの価値を認めた上で議論しないと既に整
備が終わってその効果を享受している者、数の多い者の偏った意見で本質が歪ん
でしまう心配を感じる。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月12日17時38分
6月28日

氷上郡内に関係する皆さんが親睦を目的に結成されているゴルフコンペに招待さ
れ、久しぶりにクラブを握った。議員に就任して初めてプレーする山南カントリー
(氷上郡山南町)だったが、3年ぶりにもかかわらずフロントやキャディーさん
も暖かく迎えていただき、気持ち良くプレーできた。
天気も良く、ベントグリーンの仕上がりも上々。メンバーも日頃心安くお世話に
なっている方々ばかりで終始和やかな雰囲気で回った。
しかし体力の衰えは如何ともし難く、後半になると腰の切れが悪くなり、結局3
OBを打ち、10数人中7位の成績となった。(なんとか80は切りました)
後の会食でゴルフ談義や合併についての意見交換となったが、さすがは責任ある
立場の皆さん、氷上郡内の諸問題についてもゴルフについても研究熱心。次回
8月後半のコンペにも是非にと誘われ、ワンポイントレッスン付きの参加を約束
させていただいた。
スポーツニュースを見ていると、最近調子を上げてきた中島常幸プロは1年違い
の47歳だが、ストレッチを積極的に取り入れるようになってから成績が良くなっ
てきたようだ。やはり柔軟な心と体には、それなりの良い結果がもたらされる事
の証明だろうか。
組織でも人間でも硬直化するとロクな事はない。

のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月12日17時37分
6月27日

平成6年、今から8年前の今日、長野県であの松本サリン事件が起こった。第1
発見者であった河野義行さんが警察やマスコミから重要参考人として、まさしく
犯人扱いされ、奥さんが今尚闘病生活を強いられているにもかかわらず、翌年の
霞ヶ関での地下鉄サリン事件が起こるまで苦闘の日々を送られた事はまだ記憶に
新しい。
河野さんが疑われた原因の一つに、自宅に保管してあった有毒な青酸カリなどの
劇薬類所持がある。TCM(運搬機器メーカー)の営業マンと聞いている河野さ
んのような一般家庭に何故このような薬品があったのか私も今日まで不可解に思っ
ていた。
今日のNHK特集で8年目の松本サリン事件を検証する番組を見てその謎が解け
た。河野さんの祖父が有名な登山家であり、山岳写真を頻繁に撮り続けていた関
係で自宅に現像や焼き増しの際にその薬品を使っていたとの事。8年経った区切
りとして今年河野さんが重い撮影機材を担いで、祖父が登った同じ山で同じアン
グルからの写真を撮っている姿をNHK取材班がドキュメントで放映していた。
改めて報道に対する影響力の大きさと責任について考え直す良い機会ではなかっ
たか。我々も一方的な情報受動体である。心して情報を受け取らないと事実だと
思いこんで大きな誤解をしている場合もあるかもしれない。



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時48分

6月26日

戦後我が国経済は奇跡的な成長を遂げたが、誰もが認めるように経済とは未来永
劫右肩上がりを続けるものではない。何故なら生産が拡大すればいつかは物が溢
れかえり、消費飽和状態となって生産にブレーキがかかる。しかし拡張を続けた
い企業は急に生産を止める訳にはいかない。借金で設備を維持している関係で最
低でも金利や人件費は確保しなければならないし、日本においては手形という後
払いシステムがある為に企業規模を縮小する時にも相当の資金を必要とするから
だ。
そこで飽和状態になって需要が落ちて来た打開策としてモデルチェンジ策を導入
する。これは「商品の陳腐化政策」といって、新しいデザインや機能を持たせた
新製品を送り出すことによって今持っている商品を古臭く感じさせ、買い替えを
促進して新しい購買力を引き出そうとする戦略である。消費者はまだ使えるにも
拘わらず顕示欲も刺激して次の新しい商品を買い求め、今までの使い慣れた商品
をゴミとして処分する。古くは3種の神器と言われたテレビ、冷蔵庫、洗濯機、
現在では自動車や携帯電話などがその典型だろうか。
結局生産とは、本来消費の為にあるにも拘わらず、生産の為の消費、もっと言え
ば生産の為の浪費になってしまっている。
今の日本を外国、特に後進国から見れば、何とバチあたりな国なんだと思ってい
るに違いない。いや、もうバチがあたっているのかもしれない。



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時48分
6月25日

今日の神戸新聞(丹波地方では夕刊が無く、朝刊のみである)第5面、読者のコー
ナーの下段、イイミミのコーナーで加東郡の路線バスの運転手さんが投稿してい
た。
「路線バスの運転をしています。ある日通学ラッシュ時に学生達が乗り込んで来
るんですが、どうしても高校生達が早く乗って来て席を占領してしまう為、後か
ら乗ってくる小学生など小さな子供達は下車する停留所まで立ちっぱなしとなり
ます。あまりに見かねて私は「高校生の皆さん、どうか低学年の子供達に席を譲っ
てやってくれないか。」と車内放送で呼びかけたんです。すると素直に小さな子
供達に席を譲ってくれてうまくいきました。その後何日か経って再び同時刻、同
じ路線の担当になってバスを運転していたら、今度は何も言わないのに最初から
高校生達が立っているんです。いやあうれしくなって思わず「高校生の皆さん、
有り難う。」と車内放送で言ってしまいましたよ。」
こんな内容の投稿だった。たまたま今日、丹波の森公苑で「こころ豊かな丹波づ
くり推進協議会」の総会があり、丹波地域内の各種団体の首長さんが集まってい
る中で来賓の挨拶として使わせてもらったが、話している自分自身がこころ豊か
になった。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時47分

6月24日

私が昭和49年に卒業した県立柏原高校は兵庫県内で創立年度が4番目に古いと
聞いている。5年前に100周年記念事業を行い、大きな節目を終えた。
99年度から同窓会の副会長を仰せつかり、異様な若さながら7人いる副会長の
末席を汚している。100周年記念事業の懇親会担当と言う事で、いわゆる宴会
係りだったと思うが、多くの後輩に手伝ってもらい、500人規模の祝賀パーティー
を手つくりで進めた感激は今でも鮮明に覚えている。その100周年記念で多く
の同窓生から約3億円の寄付を集め、建設した同窓会館「柏陵会館」の開館記念
にと始めた「柏陵セミナー」も今年で5回目を迎える。柏原高校出身で各界で活
躍しておられる第一人者をお呼びして講演をお願いする。私もその実行委員に加
えてもらっているが、毎回人選する作業がなかなか楽しい。各メンバーから様々
な候補者が推薦されるが、卒業生3万人ともなると、どの分野でもそれなりの功
績をあげておられる逸材はいるもので、その幅の広さに感心するやら頼もしく思
うやら。今日も夕方から「柏陵会館」で実行委員会が開催されるが、今年はどん
な人材が講師で来ていただけるか今から期待している。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時46分

6月23日

私の伯母(父親の一番上の姉)が老衰で亡くなり、今日が本葬となった。91歳
なので大往生といっていいだろう。父親の兄弟は全部で10人。太平洋戦争で一
人、幼い頃に水の事故で一人亡くした以外はいたって健康な兄弟だったらしいが、
私の父が胃がんで昭和52年、49歳で亡くなってから今日の長女である伯母が
亡くなり、残っているのは次女であるもう一人の伯母だけとなった。
伯母の子供が6人、その孫が16人、そしてひ孫が20人、孫の年齢が30〜4
0歳くらいになっていて、全国各地から久しぶりに集合し、賑やかな(?)葬式
となった。さぞかし伯母も喜んでいることだろう。
現在の終身出生率は1.34。先進国中最も低い数字で、このままいけば100
年先、日本の人口は6000万人、今の半分になってしまう計算になる。厳しい
経済社会状況に問題があるだろうが、子育てをコスト意識で考える事も大きな原
因ではないだろうか。損か徳かで考えてくると今の女性の立場では子供は産みに
くい。既婚女性に安心して子供が育てられる環境つくりが急務になってくる。
「エンゼルプラン」の更なる充実が解決策になるのか。



のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時45分

6月22日

6月1日の日記で書いた「第9」の練習に参加した。
大体月3回のペースで練習が進んでいるが、前回の練習日は公務と重なり、実質
的に今日が練習日初日となった。8割位がソプラノとアルト。男性パートのテノー
ル、バスは20名くらいで少々寂しいし、少ない分だけ一人一人の役割は大きい。
久しぶりに発声練習の後、真新しい譜面を見ながらパート練習、全体練習とこな
していったが、想像以上に難しいのと、久しく腹式呼吸をしていないので高音が
出にくい。これは大変、真面目に練習しないと取
り残されるばかりか、迷惑をかけてしまうぞ、額に冷や汗が出る初練習となった。
友人からもらった練習用CDを乗用車にセットし、移動中に聞きながら口づさん
でいるが、昔のようにスッと覚えられないところが中年の悲しさ、まああせらず、
度胸と明るさで頑張っていきましょう。12月23日までに間に合えばいいんだ
から。でもベースの皆さん頼りない戦力ですので宜しくお願いします。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時45分

6月21日

戦後急速な経済復興を成し遂げ、昔の人たちから見れば目を疑うような進歩の中
で暮らしてきた私達は、その恩恵を何の迷いも無く享受しているが、その根拠、
基礎となるものをあまりにもおろそかにしてきたのではないだろうか。都市の過
密と農村の過疎、大量生産、大量廃棄、木や紙の文化から鉄やコンクリー
ト文化への変化、尊敬と感謝を忘れた教育、そして国民の生命、財産、名誉を守
るという決まりが無い政治状態、これらは全て日本にとって最も大切な基礎基本
がぐらついているばかりに、大きな大きな社会問題になってしまった事柄ばかり
に思える。効率が良い悪いの問題ではなく、日本国として守るべきか葬り去って
いいのかどうかをしっかり議論しながら規則を決めていかないと、一体どんな存
在意義があってこの国は進むのかが自分にも国にもわからないまま太平洋に浮か
んでいる事になる。


のりさん のりさん日記
(投稿日) 2002年07月11日18時43分
6月20日

有事法制に対する様々な議論がなされている。昨年のニューヨーク同時多発テロ
や古くは1990年の湾岸戦争などで、日本の防衛に対する認識が以前より強まっ
たのが背景にあるだろう。
昭和20年の敗戦によって平和憲法を制定した日本は今後いかなる戦争も肯定は
しないという思いは理解できる。しかし戦いとは絶対的なものではなく、相手と
の関わりで相対的に考えていかなければならない部分もある。特に深い関係にあ
る中国や韓国、北朝鮮の今後の動きに対して、日本は防衛的政策で柔軟な選択を
すべきだと思う。「話し合いによる解決」は勿論大原則だ。しかし国際政治に関
してはパワーポリティクスが常識であり、現実を冷静に眺めた上で、国家、国民
の存続を考えていくべきだ。その基礎、基本に憲法がある。
「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力である。」
また国連のコフィ・アナン事務総長がこう述べている、「外交によって成し得る
事は数多くある。しかし強い意志と軍事力を背後に持つ外交であれば、より多く
の事を成すことができる。」
決して戦争を肯定するものではないが、有事に対する備えと防衛政策は平時に議
論すべきだし、有事になってからではそんな時間は絶対にない。


のりさん 戻りました
(投稿日) 2002年07月11日16時19分
のりさん日記をご愛読いただいている皆さん、お久しぶりです。
やっとパソコンが病院から帰って参りました。前回いたんだ時は偶然にも液晶パネル部分を叩いてうまく治ったのですが、やはり2回目はだめでした。病院の診断によると、「液晶ケーブル接触不具合を確認し、調整いたしました。」との事。因みに入院代は保険に加入していた為、無料でありました。まあともかくこれで従来通りの生活に戻れるわけで、一安心です。6月20日よりとんでいた日記も手書きで貯めていましたので、早速まとめて掲載していきますので、これからもご愛読いただきますよう、宜しくお願いいたします。
それでは、再スタート。

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